Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

「ダンスか、さもなくば死か?」シリア難民からプロダンサーへ

www.lefigaro.fr

シリア難民である28歳の男性が、オランダ国立バレエでダンサーとして活躍するようになるまでの凄まじい道のりをフィガロ紙がパリにてインタビューに成功しています。

彼の名前はAhmad Joudehさん。難しいので、アハンマド・ジュディさんとカタカナ表記させて下さい。

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シリア人の母とパレスチナ人の父のもと1990年4月に生まれたアハンマドさんは、ダマスカスにあるパレスチナ難民キャンプで育ちました。
インタビューでは、シリア内戦の中「バレエが彼の人生を変えた」その経緯に迫っています。

8歳の時、学校でたまたま見た「バレエ」に感銘を受け、以降、毎日部屋で一人練習したそう。家族にも話せなかったのは、それは女の子のするものだとわかっていたから。

しかしどうしても表現への夢が募り、ついに16歳の時、バレエを一生の仕事にしたい、とバレエ学校の門を叩きます。

ところがーーーそれを知った父が大激怒、アハンマドさんを棒で殴り、ダンスグッズを全て燃やしてしまいます。
母は息子の味方となり、アハンマドさんを励まし続け、ついに離婚。アハンマドさんも兄弟と共に母についていき、働きながら家を支えることに。

2011年、内戦が激しくなり、ついにアハンマドさんの家が破壊されます。
住む場所を失った母と兄弟たちをつれて、彼は知り合いの家の屋根にテントを張らせてもらい、厳しいシリアの冬を凌ぎました。雪の中でも一人踊りつづけました。

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内戦は激化、家族が殺害され生き残ったアハンマドさんらは、首都ダマスカスに戻ることに。そこで、なんと米国で大人気のダンス・オーディションテレビSo You think you can dance」のアラビア・バージョンがやってきたのです。夢のような話です。

ファイナリストに残ったものの「パレスチナ人で国籍がないため」優勝には認められませんでした。彼は、ダマスカスで家族を失った子どもたちにバレエを教え始めます。

「全ては混乱状態でした。でも踊っている時だけは、大丈夫だ、絶対にうまくいく、という不思議な安心感があった。諦める訳がないと思っていた」

「シリア内戦ーーーええ、戦争があったことに、感謝しているのです。寝る場所も食べ物もない中で、困難を乗り越える力を自分自身で形成しえたのですから」

ダマスカスでダンスという「表現」活動を行うことは、危険と隣り合わせでした。彼の活動を知った過激派グループから脅迫されたことも数知れず。

それでもアハンマドさんは屈しませんでした。「Dance or Die」ーーダンスか、さもなくば死か。この言葉と共に今日まで生きてきた、と言います。

過激派集団が、シリアの小さな村、パルミラにある世界遺産を破壊しはじめたとき、アハンマドさんはもう、これまでのようにただ耐えていることはできませんでした。

すぐさまその村の劇場に、ダンスを踊りに行きました。「ここは芸術のための場所。人を殺す場所ではない」と伝えるために。それが彼なりの戦いだと気づいたのです。

https://www.courrierinternational.com/sites/ci_master/files/styles/image_original_765/public/assets/images/joudeh.jpg?itok=XUDfnOiO L'article de Courrier International

兵役まであと3ヶ月ーーという時、オランダ人ジャーナリストが危険を犯して彼のドキュメンタリーを作るためにシリアにやってきます。

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その番組を見たオランダ国立バレエ(Dutch National Ballet Company )の芸術監督が彼にコンタクトしてきます。

でも「難民なのでパスポートがない。だからビザ取得ができないし、オランダに行くことができない」と一度は断り、兵役に行くつもりだったそう。

ところがオランダの芸術監督もまた、諦めない。
なんとかクラウドファンディングで資金調達をして、兵役前にほんとうにアムステルダムへ呼び寄せを実現させたのです。

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アムステルダムにあるダンスアカデミーでレッスンを受け、オランダ国立バレエで初舞台を踏みます。

今は、パスポートがあるので(本業のオランダ国立バレエの合間をぬって)ヨーロッパの国をまわり、キャンプで暮らしている難民の子供達にバレエを教える活動をしています。
パスポートをもった今も、心は、生まれてから今日まで難民だから。

難民でも夢に向けて努力していいんだ、と伝えたいといいます。
一方で、いつもシリアの故郷が胸にあり、そこでは心にキズを追っていない人間など一人もいないという現実の前に打ちのめされるとも言います。

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最後にご家族ですが、シリアにいる母親とは、電気の通っている時、(数日に一回)電話が繋がるそう。

ベルリンの難民キャンプにいた父親とは10年ぶり以上で再会を果たし、号泣する父に初めて抱きしめられたといいます。

2017年7月、パリのエッフェル塔前でのダンス披露。フランスのBFTTVより。

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Ahmad Joudeh, danseur pour la paix de Palmyre à Paris

ラジオ局フランスインフォ。「シリアのビリーエリオット」と評しています。

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Ahmad Joudeh, « Le Billy Elliot Syrien » | Le Blog Du Bureau De Bruxelles | Franceinfo