Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

パリオペラ座バレエ「オネーギン」ドロテ・ジルベールの回 3幕

(3幕)
グレーミン公爵宅での舞踏会。年齢を無為に重ねてしまったことを感じさせるオネーギンはすでに白髪まじりとなり、所在なげ。

グレーミンの妻として、あのタチアーナがいることに気がつく。美しく華やかに成長したタチアーナ。ドロテはここもうまい。社交界の華としての自信、夫に愛されている安心感で輝き、公爵夫人たる堂々たる態度。赤いドレスも、一つ一つの動きに優雅さを加え、言うことなし。

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二人のパ・ド・ドゥは、グレーミンの愛情深さを感じさせる。

二人にオネーギンは近寄るが、みすぼらしい貧乏貴族のオネーギンに気づかない。

舞踏会での群舞の華やかさは、やはりパリ・オペラ座。ドレスも、見目麗しく。

照明が青く変わり、オネーギンの回想シーン。一人、一人と女性がオネーギンと踊り、去っていく。数々の女性遍歴だが、オネーギンの心に残ったのはタチアーナ、一人。

オネーギンはようやく公爵とタチアーナに挨拶をする。若い日に恋に恋する小娘だと見下していたタチアーナの、堂々とした振る舞いに度肝を抜かれる(笑)オネーギン。

遅いんだよ・・・。


タチアーナの寝室。彼女の手の中には、オネーギンからの手紙が。

心乱れて葛藤している。彼女に近づく人影があり、思わずどきっとするが、夫グレーミン。立ち去ろうとするグレーミンを今一度抱きしめるタチアーナ。

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グレーミンが去って一人残されたタチアーナのところへ駆け込んできたオネーギン。さあ、いよいよ物語クライマックスへ。

ようやく彼女が生涯唯一愛した人だったと気づいたオネーギンとの「手紙のパ・ド・ドゥ」。彼女の足元に何度も倒れこみひれ伏して懇願するオネーギン。

老いて惨めな男となってからの演技は、泣かせる。

サポートは上手く、タチアーナを背後から抱きしめたり、高くリフトしたり。

思わず彼の想いに、拒絶しようと繰り返すタチアーナ、苦悩と、今まで秘めてきた想いが交差してーーー彼女にとっても、オネーギンは生涯ただ一人、愛した人。

オネーギンの手を持ったまま、大きく背中をそらせたアントルラッセ

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身を焼き尽くすような激情、堪えなければと抗う気持ちとの葛藤。

それでも、我に返ったタチアーナは、手紙を拾い上げ、若い日に彼がしたのと同じようにつき返して、破って落とす。顔を背けたまま、部屋を出て行くように指で強く命令する。このあたり、感情移入がどうしてもドロテにはできなかった。演技が完璧すぎて、「あー、演技なんだよねーエトワールだもん、これぐらい当たり前の世界のレベルだよね」と思ってしまう。

茫然自失となったオネーギン、すがるような目で彼女を見るが、顔を背けたままの彼女に、涙に暮れ走り去る。

思わず彼の後を途中まで追いかけそうになってしまったタチアーナ、想いを断ち切ったはずなのに、なのに、正面を見据えて、ただひとつの愛を葬り去った苦悶、自らの「正しい」選択に、激しく慟哭するーーー(幕)

ラストシーンでのドロテもまた、なんというか「型通り」的な優秀さで、うっわー、これじゃ文句つけようがないんだけどなーという、どこか冷めた印象もある。

「手紙のパ・ド・ドゥ」は、オネーギン以上に、タチアーナが主役。説得力のある、深い演技ができるか、がポイント。

ドロテの存在感は有無を言わさぬものがあって、それに引っ張られての完成度になってしまっている感が否めないし、正直、ドロテを見た後で「あ、これはパクのほうがよかった、感情移入できた」と思ってしまったのが正直な所。

木曜のパクは拍手が鳴り止まなかったし、彼女自身も最後は泣きながら踊っているような感じで、もう、観客も一緒に泣いてしまう、という。ところが翌金曜のドロテだと、あーもうそつなく完璧にこなしてきたよなーという感じで、涙もない。

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ドロテの回のキャストで、このオネーギンという全幕ものバレエを3回に渡って解説してきたけれど、ようやくパリオペラ座のレパートリーにふさわしく仕上がってきた。

ただ、どうしても、脇役がヒューゴの回と比べて地味すぎ、ドロテ一人のオーラで引っ張っていただけの「完成度が高い」だけになってしまっていたことから、どういうわけか、初日にみたパクの演技のほうが「人間味がある」と感じられてしまって、翌日、もう一度パクのキャストで見直しに行くことにした。

女王ドロテを見てなお、それでもみたい、と思えるプルミエダンスーズのパクのタチアーナの解釈、演技とは一体なんだったのか、あの高度な技術は他のエトワールを食っている感すらあった。これはどうしても見ないではいられない。

 

2月下旬からバスティーユで「ボレロ」に出演してしまうダンサーが離れたため、残り千秋楽まではこの2キャストと、ローラのタチアーナで回すことになる。従って、マチューなどももうキャスティングはされていない。

前日のレンスキーのジェルマンがオルガ役の愛らしくてたまらない、天性のレオノーラともうナイスカップルすぎて、見ているだけで至福の一時。ジェルマンはもう、これは「押し」の将来のエトワール確実候補です。kotorioが断言します。こんなダンスノーブル、もう10年と言わず20年に一人の逸材ですねえ。

ドロテ側のミュリエルとジェレミーのコンビが地味すぎて仕方なかった理由もここにあり、やはり、これは4役揃わないと、全体のバランスがうまくいかない。

オルガはレオノーラを見ていると、英国のコジョカルちゃんでもはまれそうな役だあ、と思った。生まれ持っての「愛らしさ」という何にも変えがたいバレエダンサーの資質をうまく生かした配役、というのも今回ひしひしと感じた。

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