Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

パリオペラ座バレエ「オネーギン」4回目観劇 ローラ・パケの回 

DIMANCHE 25 FÉVRIER 2018 À 14:30
Onéguine
Eugène Onéguine Stéphane Bullion ステファン・ブリオン(エトワール)
Tatiana Laura Hecquet ローラ・パケ(エトワール)

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Olga Naïs Duboscq  ナイ・デュブスコ (カドリーユ)

Lenski Paul Marque ポール・マルク(スジェ)

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Le Prince Grémine Alexis Renaud アレクシー・ルナウド(スジェ)

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それにしてもアレクシーのこの戦闘態勢は一体・・・伯爵なんだから・・・。

初日と三日目にユーゴ・マルシャン&パクの素晴らしい演技力に引き込まれ、中間にドロテジルベールを挟んだことから、こうなりゃ残りのキャスト全部観てやろうと思ったら、ちょうどバスティーユボレロが開幕するわけで、前半に活躍したカップルがそちらへ移動してしまったのです。

ですからマチアスも、マチューもみることなく、この3組が私の今年観たオネーギンの3カップルになります。

特にこの組は最終日を飾る「トリ」カップルで、エトワール同士。まあハズレはしないでしょう、と思って。

それがまたまたあらゆる「意外」な事態に。

・まずローラですが、顔長すぎ。技術はしっかりしているしエトワールになってからも長いので、技術的には全くなんの心配もありません。

にも関わらず、この人のタチアーナ観には入り込めないでいた。

あのちょっと受け口っぽいところが私は気になってしまうのか?

いや、この人、1幕なんかの田舎少女ぶりは本当に田舎少女そのものだし、

それが恋をして、ってのは表現豊かで観ていて「パリオペエトワールレベル」。

お墨付き。安心していました。

2幕上等。ドロテのように、振られた後、伯爵と踊りながらオネーギンをやりすぎ感丸出しでチラ見するのではなく、ハッと我に帰って伯爵に無理な作り笑いを向けて見るところも、なかなか芸が細かった。

・3幕が、なんかさくっとしているんですよね。エトワール同士だから、技術的にはきちんと見せてくれましたし、ステファンのオネーギンって、1幕、2幕からしても、ちょっと小悪魔的魅力というか、特にタチアーナを面白がっている感じ、オリガにちょっかい出すシーンなんて、まさに演技派ですよ。

タチアーナの心に気づき、こんな田舎娘と?俺様が?みたいなニヒルな口元、あとはトランプを一人で切り机に座りながら、タチアーナの恋の舞を観て次第に「イライラ」感が募っていくところが素晴らしい。

よく見ると、テーブルを指でイライラって感じで、ニコチン中毒者がイライラしているみたいな感じで人差し指と中指とで小刻みに叩いてーーーーで、ブチ切れちゃう、という流れの作り方とか、あなた原作のオネーギンでしたか、みたいな。

ルグリ、マチュー、マチアスあたりってこの辺どんな作りでしたっけ?

残念ポイントは一つだけあげるなら、2幕決闘シーンの「超高速3回転」。

ブラが回転の延長上で繋がってしまっているのが惜しかったです。ユーゴマルシャンは、回転を止め、力強さでバンバンっっと音がするぐらい振り払うので、そこに込められた怒りが一層伝わってくる。一方、回転のスピードの流れをそのまま使ってブラを振りほどいたら、説得力なくなっちゃうんですよね。

・特筆すべきはこの人、カドリーユにも関わらずオリガに大抜擢のナイちゃん。びっくりです。これはポストレオノーラちゃんというか(笑)確実に「愛らし顏」路線で。

腕とかはほんっとに細いですし、お顔もちっちゃーい。下手なお肉もドロテちゃんのような鍛えすぎ筋肉もついていないので、もう観ていて本当に可憐なスミレのようです。

かといってすごく真摯な表情もとっても惹かれるので、この人、くるみから白鳥からジゼルから、古典なんでも行けそう。可能性の幅が広い。これしかできない、とかじゃない。今後、エトワール路線かも。期待して見守っていきましょう。

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・右はレンスキー役のポール君。うーん、昨日のジェルマンと比べちゃうとね・・・・貴公子感に欠けるんだけど、まあ田舎の恋人同士だから、貴公子じゃなくってむしろぜんっぜん構わないんだけど・・・。

2幕決闘シーン前の自己憐憫の舞」(kotorio命名)は、しっかりと役に入り込んでいて、よかったです。どこか自分の死を予感しているっていう感じ。

タチアーナへの最後の別れに、手のひらに敬意を込めて口づけするところも、残していくオリガをよろしく、って言ってるのが伝わってきて。

レンスキー君が倒れた後に黒マントひらひらさせて舞台に歩いてくるオネーギンを観て、この日ふと「トート閣下だ!」と思った。そーなの、オネーギンて、死神なのよ。

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・ラストの3幕は、さすがにユーゴ・マルシャンと比べてしまうのは酷かもしれないけれど、ステファンも大健闘。エトワールとして合格点の域に達していると言わなければならない。完璧に作り込んできているし、ローラとの相性も抜群。とにかくおちぶれやさぐれ貴族と成り果てたオネーギンが、懇願する様子が痛ましくて。

それに慌てふためいているのがローラなんだけど、ここ、ローラを観てなんとなく、なんで私がパクのほうに感情移入してしまうかというと、多分ね、パクは「道徳観」(人としての倫理観)みたいな、アジア的な感覚がやっぱりあるんですよ。

自分の気持ち云々じゃなくて、人として、踏み外しちゃいけない道理があるだろう、という。それを自ら選ぶのが、大人として、また公爵夫人としての、本当の、成熟した女性の振る舞いなのだから、という気持ちと、初めての、少女の恋を一瞬でも思い出し、胸を熱くしてしまった自分自身に対する罪悪感みたいなものが、一気に渦巻いて、その状況に、もう押しつぶされそうになってーーというのがもう痛いほど伝わって。

対して、ドロテは完璧に模範演技を「こなし」、ローラは「あああ、なーんて今更。どうしましょったら、どうしましょ!」って慌てふためいている「普通の女性」・・・といった違い。

だか二人とも、最後の絶叫エトワールとして当然見応えあるレベルになっていますが、それほど、こちらの心をエグるような、ものすごい感動体験にはならないわけです。

カーテンコールも、瞬時に元に戻ってました。パクのように「しばしあっちの世界(黄泉の国?)行っちゃってるから、あと30分は戻ってこれないからそれまでみなさんよろぴくねー」的な魂抜けた離脱感はなくて、むしろエトワールとして今日もお勤め立派に果たしましたーーパチパチ、的な。

3月7日までの残り公演をこの3組で回して行くわけで、中でもエトワールカップルとなるこの組が、千秋楽を飾る。

となると、技術的にも内容的にも、もっとも期待されるのはこの組であるべきところなのだがーー。

【kotorioからのひとこと】

個人的に、見逃してしまった残りの(ボレロ行きの)カップルたち、中でも

マチアス・エイマンのレンスキー、マチューガニオのオネーギン

リュドミラ・パリエッロのタチアーナ、ウリアム・ウルド・ミラハムのオルガ

この組がすっごく観たかった!!

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マチアス・エイマンのレンスキーはサポートがうまそうな予感がする。 

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マチュー・ガニオ、苦悩のオネーギンがハマりすぎ。

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