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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

ピナ・バウシュを読む その4 京都賞受賞記念講演後半

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異なる国々や文化に根ざした多様な音楽財産が、私たちの作品には欠かせない構成要素となっています。オーケストラや合唱団との共同作業はまた、作品を再演する際に、新しい可能性への好奇心と意欲を呼び起こしています。

・創作手法ーー問いかけによって創り上げるという方法も、新しく採り入れたものでした。すでに『青髭』で、いくつかの役柄のためにダンサーに質問するやり方を始めていました。その後、ボーフム劇場で初演したマクベスの『彼は彼女の手を取り城に誘う―皆もあとに従う』で、この方法をさらに進化させました。

・この作品では、もはや決まりきった動きを用いるわけにいかず、別の場所から出発する必要がありました。私は「質問」、つまり私が常に自分自身に対して問いかけていることを彼らに投げかけました。土壇場から生まれた手法ですが、これらの「質問」は、テーマに手探りかつ注意深く近づく手段です。オープンであると同時に、正確でもあります。「質問」は、私が一人では考えも及ばぬ多くの事柄へと案内してくれるのです。

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・(パートナーでもあった)ロルフ・ボルツィクの死ーー彼の最後の舞台美術作品は『貞女伝説』です。私たちは彼がもう長く生きられないと知っていました。けれど、この作品は悲劇的な痛ましいものではありません。ロルフ・ボルツィクは、愛を求める気持ちと生きる喜びとが共存する舞台を望んでいました。1980年1月、長い闘病生活の末、35歳で亡くなりました。

・ペーター・パプストやダンサーたちが、これほど長い期間、困難な道を私とともに歩み、信頼を寄せ続けてくれることに感謝しています。彼らはみな、輝く珠玉の存在です。それぞれが自分自身の方法や異なるフォルムを持っています。私はダンサーたち一人一人を愛しています。彼らは美しい。私は、彼らの内面がどんなに美しいか、を、お見せしたいのです。

・常々感じていることは、ダンサーというのは舞台上で初めて知ることができるということです。彼らが自分を少しずつさらけ出し、一つの舞台が終わるたびに一人ひとりを以前より近くに感じることができる。彼らから次々と引き出される新しい部分に、私はただ驚かされるばかりです。

・以来、私たちの作品のほぼ全てが他文化との出会いによる共同制作によって生まれています。香港、ブラジル、ブダペスト、パレルモ、イスタンブール。全く異なる風俗、音楽、慣習に接することで、未知ではあるが誰にもなじみのあるものを、ダンスで表現することができるのです。知ること、それを分かち合い、怖がらずに体験すること。

・舞踊団としてもまた私たちは国際的と言えます。異なる文化圏出身の多様な個性が集まっています。どれほどお互いに影響し合い、刺激を与え、相互に学んでいることでしょう。外国へ旅をするばかりでなく、私たち自身がすでに一つの世界です。そしてこの世界は、出会いや新しい経験によって、絶えず豊かさを得ています。

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・結婚、出産ーー私は人がどのように死ぬのかを経験するとともに、人がどのように生まれてくるのかをも体験することになりました。これらによっていかに世界の見方が変化するかということも。子どもがどのように物事を経験するか、子どもがいかに偏見にとらわれることなくすべてを観察するか、どれほど自然や人に信頼を寄せるか。自分の身体とは別に、一人の人間の誕生を丸ごと把握しました。自分が何もしなくてもすべてが起こるのです。こうした体験が、どれほど私の作品と仕事に流れ込んでいるか計り知れません。

・子どもの頃から知っている町、ヴッパタールで30年以上も生活と仕事を続けているのは素晴らしき偶然です。私はこの町が好きです。着飾ったお洒落顏の町ではなく、普段着の町ですから。

・私は以前「私の関心は、人がどう動くのかではなく、何が人を動かすのかということにある」と発言したことがあります。この言葉はよく引き合いに出され、今でも生きています。

・新作初演前の不安は、今でもあります。これ以外の形があるのではないかと迷い、プランも台本もなく、音楽も舞台装置もない。初演日が決まっていて、残り時間はわずかという時、一つの作品を創るのは決して娯楽ではない。もう二度と作品など創りたくないという思いは、毎回味わう試練です。それなのになぜ私は同じことを繰り返しているのでしょう。長年仕事をしてきても、まだ学んでいません。どの作品も再び最初から始めなくてはなりません。自分が到達したいところに決して手が届いていないといつも感じているにも関わらず、初日も終わらないうちから既に次の作品プランを考えているのです。

・このエネルギーはどこから生まれるのでしょう。もちろん日々の修練は大切です。とにかく働き続ければ、突然何かしら、何かとても小さなものが生まれます。それがどこへ行くのかはわかりませんが、誰かが灯す明かりのようなものです。そして再び勇気と元気を取り戻します。誰かが何か美しいものを創ると、人は引き続き働こうという意欲と力を得ます。内側から湧き上がってくるのです。

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・振り返れば、これまで私は、ダンサーやスタッフ一同と長い道のりをともに歩いてきました。私は人生において、特に旅や友人との交流を通して、たくさんの幸運に恵まれました。ですから多くの人たちに、他の文化や生き方と触れ合ってほしいと願っています。お互いを恐れなくなり、私たちすべてを相互に結びつけているものがよりはっきり見えるのではないでしょうか。どのような世界に住んでいるのか、を知ることが大切だと考えます。

・舞台の素晴らしいところは、私たちが普段の生活では全くできない、してはならないことを表現できることでしょう。時には、私たちが未知のものに立ち向かうことによってのみ明らかにされることもあります。私たちの問いかけが、今日の文化圏に関してのみならず、遥か昔の異文化をも、もたらすことがあります。

・つまり舞台上で表現するということは、確かに持ってはいるものの、日常的に認識しておらず、気に留めていない知識を取り戻すことです。すべての人が等しく持っている何かを思い起こさせ、それによって私たちは力を得ているのです。