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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

愛についての可能性ーーピナ・バウシュ「カーネーション-NELKEN」

Danse

20世紀後半の演劇・ダンスの歴史を塗り替えたピナ・バウシュ。80年代の代表作『カーネーション-NELKEN』が3月、さいたま芸術劇場にやってきます。

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舞台一面を埋め尽くす無数のカーネーション。そこに現れた一人のダンサーが、ガーシュウィンの『私の愛する人』を手話で踊る――ダンスと演劇が共生する〈タンツテアター〉というこれまでにない手法で、1989年の来日公演は多くの日本人に衝撃を与えました。28年振りの来日となります。

個人的見解ーーーピナに触れたダンサー達は一様に言います。ピナは、自分の中にある可能性を見抜き、引き出してくれた、彼女とその作品に触れることで自分でいることの大切さ、人生、世界とは、広く興味深い、と教えてくれた…と。

孤高の「マドモアゼル・ノン」ギエムに対し、ピナはもしかしたら「マダム・ウィ」(いつでもどうぞ)=扉を常に開き、そのことをダンスを通じて伝えた人だったのかもしれない。

ピナ作品に人が動かされやすいのは、それを見て容易に「私の物語だ!」と思えるからなのでしょう。舞台装置を、そしてダンスを、人と人とが触れ合う場所にした。(これが私がピナ作品を苦手とする最大の所以だ)

基本的にはひとり。彼・または彼女ははじめ自己紹介をし、そのうち、他の人と触れ合って愛や葛藤などの情が芽生え、最後はまたひとりになる。このパターンが繰り返し使われているように感じます。

舞台で起こる毎回の出来事は、見る人だけでなく踊り手にとってもおそらく新鮮で身を切り刻まれる作業ではないかと。要するに、ピナの作品は「愛」だというダンサーもいるほどです。

フランスに居てピナ作品を見るとき、どうしても仏的哲学思考というか、デリダとピナを結びつけてしまう。彼女の創作は「私があなたを愛し、あなたが私を愛する」という図式下にある。私とあなたという二つの軸がまず存在することが示され、二つが愛という関係によって結ばれる構造。デリダ的に言えば、相手を自分から独立した他者と見なした上で「その他者のどこと関係を結ぶのか」という問いも投げかけられるが、長くなりそうなのでまた今度。

My dancers are beautiful. and I try to show how beautiful they are inside.

ーーー私の関心は人がどう動くのかではなく何が人を動かすのか ピナ

ヴッパタール舞踊団『カーネーション-NELKEN』 2017年3月16日(木)17日(金)19:00  18日(土)15:00 19日(日)14:00