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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

ギエムという生き方を書き終えて

引退発表後の2014年、フランスの雑誌「テレラマ」の表紙を飾った、ギエムの「つま先」だ。同時代を生きたダンサーの全てがうらやんだであろう、神から選ばれし者に授けられた「足」。

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現在、ギエムは、イタリアのローマとフィレンツェの間にある小さな街ラツィオに住み、動物愛護運動を行っている。既に当ブログでも、それを報じた2017年1月9日付フランス紙とギエムの最新ビデオを紹介した。美しい音楽と映像なので再度掲載する。

www.youtube.com

ギエムはギエムという生き方からは逃れられない。自分で書いておきながら、なんと残酷なフレーズなのだろう、と改めて思う。

個人的なことを書く。私の人生もまた、14歳の時、ボレロを踊ったことからギエムを知った。本人の舞台を直接見ることができたのはそれから3年後の17歳。私は既にプロとしての道を断念し、学問に心血を注いでいた。でも心はいつも、ダンスにあった。「生ギエム」の舞台を見て残ったのは、違和感だけだった。勝手に神格化していただけなのか、という落胆とともに。

それでも来日するたび、彼女を追い続けたのはどうしてか。正直、劣化して訳のわからないコンテ作品ばかり踊るようになった後年のギエムに対しては、殆ど憎んですらいた。

ギエムも指摘しているように、一概にダンサーは従順な人が多く、インタビューをしても退屈な記事ばかりだった。彼らは振付家のいうことを素直に聞いていればいいので、自分でものを考える習慣が欠けており、こちらがフォローするにも限度がある。そんな中、シリーズ冒頭でも述べたように、ギエムは唯一私が直接インタビューしたい踊り手だった。一緒に仕事がしたい、と何度もメッセージを送った。

2017年、ギエムについては今も「複雑な」といった形容詞しか思い浮かばないし、実際、2年前のあの商業主義にまみれたさよならツアーを評価した人は聞かない。

自身のバレエ団も持たず、振り付け・監督業も一切しないと公言している。

ギエムは今、すべてから解き放たれ、自由を得たかのように振舞ってはいる。本当のところ、これからどうしていきたいのか、彼女自身にもわかっていないのだろうが。一つ言えることは、彼女はこれまでもこれからも孤独で、痛いほどひとりで、果てない寂寥の道をあるいていくしかないのでは、ということだけだ。

 

最後にギエムの公式サイト Sylvie Guillem

フェイスブック Sylvie Guillem | Facebook