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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

シルヴィ・ギエムという生き方・その1

ギエムの引退発表は日本で大きなニュースとなったが、最後の公演も2015年大晦日のボレロも、好意的に評価する人は少ない。引退後2年、人々は彗星の如く現れる明日のスターに夢中で、彼女の名を探しても、引退を発表した以降の記事は、殆ど出て来ない。

彼女は今、どこで何を考え暮らしているのかーーー引退から2年を経て、これまでのダンス人生をどう振り返っているのか。今後のキャリアについて。わたしはどうしてもギエム本人に、直接インタビューしたかった。それができたら死んでもいい、と周囲に公言していたぐらい、夢だった。英語でもフランス語でも良かった。日本のエージェントや通訳を介さず、直接対話をする事がこちら側の条件だった。フェイスブックを通じて事あるごとに本人にメッセージを送ってはいたが、ただでさえ取材嫌いのギエムが返事をくれるはずもなかった。

仕方がないので今ここでする。引退後の、フランス、英国、イタリアでの各紙報道をまとめて、ギエムがこれまでどう生き、今何を考え、今後どうしたいのか、わかる限り。本シリーズは全4回。ギエムという生き方を記しておきたい。

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《その1》

「ダンサーに与えられた時間はとても短く、それはダンサー自身が一番わかっているものだ。いま踊らなければ、次はない、40歳になったらおしまい。そんな世界」11歳から踊りはじめて39年。50歳になる2015年末で引退を公表したギエム。フランス紙の報道をここでまとめてみる。

・引退を決めた理由、そのきっかけ

「ある日の朝、ベッドから起きて夫ジルに言った『引退しようと思う。決めた』。自分でショックを覚えたーー」(フィガロ紙)

「ダンサーにとって時間があっという間に過ぎることを12歳頃から気付いていた。ダンサーのキャリアの終わりを嫌というほど見てきた。燃え尽き、何をすればいいのかわからなくなってしまうダンサーたちも多い。辞めた後の人生を考えていなかった人たちだ。私は現在のレベル、水準をキープできなくなるのに耐えきれない。わたしは徹底した完璧主義だから。引き際は自分で決めるべきと直感した」(リベラシオン紙)

ギエムに影響を与えた振付家のマッツ・エック(70)やウィリアム・フォーサイス(65)が引退した事も彼女の決断に影響した。

「彼らの引退にショックを覚え、また、自分がどんなに好運に恵まれていたか気付いた。辞めるのもいまだ、ときっぱりと思った」(リベラシオン)

・なぜ日本が最後の地に?

「16歳でパリ・オペラ座の海外公演で初めて行ったのが日本。今回のさよならツアーが終わるのも日本。環が閉じる。わたしは日本が好き。日本の美学には、純粋なもの、伝統と近代が自然に入り混じっているから。他人への言葉、行動を慎み、相手を尊重するところ。日本人の仕事も好きだ。職人が作った品々、和傘、和紙、庭園や陶芸。私は日本で多くを得た」(フィガロ紙)

以来、ほぼ毎年といっていいほど来日し、陶芸にも傾倒したギエム。

・モーリス・ベジャールとの縁

「外の人間のほうが、違った視点で物事を見られる。日本人観客のなかには、西洋からもたらされたバレエを日本の伝統とは対照的なものとして崇拝する人もいる。でも日本人は影への感受性を持つ。洗練されたものを好み、自分たちの心に語りかけるものを見つけることができる。だから日本人はモーリス・ベジャールを好むのだろう。彼の振り付けは絵画的かつ仏教的なアプローチをすることがあるから。きらびやかで、衣装も素敵で、ストーリーもわかりやすいような作品ではない。日本人は、イリ・キリアンも好きでしょう。英国ではキリアンもベジャールも評論家から嫌われているが。日本人は、ああいったものに詩を見出し美学を見出し、心を打たれる。振付と音楽の間を感じとる」
以下「テレラマ」誌。

「ベジャールは最初の師というべき存在で1986年にソロの振付をしてくれた。彼は内気な私が自分の殻に籠もらぬよう手を差し伸べてくれた。彼は私に目をかけ、踊ることはまず自分自身を知ること、自分を受け入れることだと私に教えた」

その2に続く。