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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

詩篇交響曲 イリ・キリアン Symphony of PsalmsーJiri KYLYAN

f:id:kotorio:20170210030728p:plainキリアンは、意外にもオーレリー・デュポンが監督として最初に選んだ作品となった。前ミルピエ監督は「バランシン、ロビンズなどアメリカ趣味を2年もの間オペラ座にもたらした、私はオペラ座の正当な歴史に回帰する」と述べたデュポンの意思、方向性が強く伝わる3公演。

1947年プラハ出身の振付家イリ・キリアンは現代ダンスの大御所で、作品数は100を超える。振付キャリアも長く、作品傾向がどんどん変化しているのもこの人の面白みの一つかもしれない。物語性のあるものから、抽象作品まで。「音楽と一体になった振付」という点で、バランシンと似た方向性だと思う。

f:id:kotorio:20170210031555p:plain「詩篇」はキリアンがNDT監督に任命直後に振り付けたもので1996年初演。(パリでのキリアン作品は2006年にデュポン自身が「ベラ・フィギュラ」を踊って以来だと思う)

舞台壁面には絨毯がかけられている。祈祷のための椅子が小道具として用意され、厳かで濃密な空間。男女8人のダンサーがデュオを構成しグループ化していく。目を引くのはマリ=アニエス・ジロ。彼女はこういう役をやらせたらピカイチ。

詩篇について個人的な想いを綴っておく。

私は動きがあってそれに音楽を後付けするのでなく、あくまで音楽先にありきで、それに心が動かさなければ踊ろうと思わない、と何度もこのブログで書いてきた。

ストラヴィンスキーの5つあるシンフォニーの中では、詩篇の特殊性、その特殊性に基づかない普遍性というコントラディクション(矛盾)、音楽そのものの総合的な面白さが、私の振り付け意欲と想像をかきたてる。形式上はカンタータ。旧約聖書・詩篇から合唱をメインに、人声に近いバイオリンとビオラとクラリネットをわざと欠いた管弦楽で合唱を際立たせる。ストラヴィンスキーの交響曲いうだけで録音を探すのに苦労するのだが、詩篇は中でも少なくて結局ベルリンフィルだよな、ということになってしまう。チェコフィルがいいという人もいる。

指揮者の解釈もさることながら、儀式的、宗教的な旋律の中に、人間の力強さを聴くときと、危うい向こう側からのささやきにも聴こえるときと、そのときのこちらの精神状態によってもだいぶ異なるのだが、キリアンにとってはそのどちらでもないような気がする。フィガロやルモンドでこの作品評論を探したが、キリアンの解釈に言及したものは一切なく。

要するに、今日言いたかったことは、ストラビンスキーが楽譜にし、キリアンが身体で示したそのことを、私は筆でやり遂げたい、ということだ。

流れに従い、流れを制す。