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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

たとえ蜃気楼だと知っていたとしても

f:id:kotorio:20170119023237p:plain Bien qu'il soit un mirageーーー

あの海の向こうに揺れる街々が、たとえ蜃気楼だと知っていたとしても。突き進むことを止めない、それがなんだというのだ。永遠に辿りつけないとあざ笑う人々は、そこに向かって歩いたことすらない、温かな部屋の椅子に座って、ワイン片手に歌っているに過ぎないではないか。そんな輩に、何を言われたから、だからどうだというのだ。

わたしが勝手に尊敬する人に、わたしは勝手に失望した、勝手な怒りが収まらなかった、勝手に慕っていたからこそ、勝手に裏切られた痛みはわたしの中だけで大きく。

恨んで記憶から消すことも簡単。でもしがみついた、その人にではなくこの状況、それ自体に。目の前のハードルを下げることだけはしなかった。そんなわたしを、人は笑った、わたしを見下した。人がAだよBにしろと助言するので、わたしは勝手にCを選んだ。わたしは曲げなかった、逃げ出したいような状況に。無理にでも、髪を振り乱してでも、へばりつくことを選んだ。

なぜならば。失敗は、失敗であり続けないからだ。落胆は落胆であり続けることなどできないからだ。すべてのシュチュエーションは変わりづづけ、昨日と同じ今日などないからだ。

海の向こうのあの街の、教会の鐘が永遠に鳴らないと知っていても、それがどうしたというのだ。

諦めなかった者の勝ちだ。この足を止めなかった者の勝ちだ。生きたものの勝ちだ。

でたらめな人間のいうことなど、真に受けなくていい。

それでもどうしても、どうしても、どうしてもダメになったらーーー

空を見上げれば良いではないか。朝には朝の、夜には夜の。