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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

彼ら自身は知らない

Quotidien

f:id:kotorio:20161208022710p:plain La création d'une volontéーーー

20代の頃、サンジャックの道を歩いた。小さな修道院を一人無言で渡り歩く中、時々、パリで見たゴッホの「馬鈴薯を食べる人たち」が思い出された。

ゴッホ自身、若い頃炭鉱地帯で働き、貧しい人々の生活をその目で見ている。悲愴感の中、「にもかかわらず」逞しく生きる労働者に共鳴した。

ーー「僕はこの絵で何よりも、ランプの下で皿に盛られた馬鈴薯を食べる人々の手が、大地を耕していた手であることを明確に表現することに力を注いだ」

にもかかわらず」生きる人々をこそ、私も文章で紡ぎたかった。ゴッホが筆で成したことを、私は言葉で、成し遂げたかった。

あれから20年近く。志半ばにして、文字通り、パリで朽ち果てようとしている。

あらゆるものに感動しなくなった今だからこそ想う。あの農夫一家は、自らが何を希望しているかも知らないのではないか。1日の労働を経て、ランプの下、今日の糧を分かち、眠り、朝が来る。それだけの。そこに当人たちは、何も、崇高な意味も使命も、なかったのではないか、と。

《今日のつぶやき》ストレスからか、吐き気がおさまらない。MENSAparisしかない?人と話が通じないというのは想像以上に辛いものだ。故に20時間ベッド生活。最高峰の知性はどこに?