Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

ホワイトアンドブルー 

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涼風さんの新アルバムの中にも収録されているアニメ劇場(TV)の『アナ雪』劇中歌「ホワイトアンドブルー」を聴きながら、引越しが終わった日曜の午後。明日ここを出て行くので、今日は3年間過ごした学生寮での最後の1日ーーーー

と思ったら。「引越し売り」のため2人の人と約束があったのだけれど、うち一人は向こうから指定してきた時間にも関わらず、炎天下の中50分待たされた。どういうこと?ようやく現れた彼女は急ぐ気配も、謝る一言も一切なし。その上「あはは❤︎ちょうどのお金持ってないから1ユーロありますぅ〜?」って・・・・・遅刻してきた挙句釣りを要求するその精神がわからんよ。

フランスにいる日本人って、どうしても「この国気質」に流されて時間にルーズになりがち。あるいは元々そういう人だから日本で使えなくてフランスにきて「わたしは自由〜〜」とか「日本は生きづらくて個性を尊重しない」とかエラソーに言っているのかな。それね、大いなる勘違いだから。

在仏日本人相手だと大抵30分は待たされ、相手は絶対に謝らないなんて日常茶飯事。そうでない人も3年間のうち過去2人だけいました。

国とか人種とか習慣とか関係なく、遅刻は「相手の貴重な24時間のうちの時間を奪っている」のだと彼らは気がつかない。

わたしは相手がいる場合「5分遅れただけじゃん」ではなくて「『遅れた』か『遅れなかったか』が問題であり、5分だろうが10分だろうが1時間だろうが「遅れた」ことには変わりはない」と小さい時から(多分小学校低学年ぐらい?)なんの本でインプットしたか知らないけれど、すずううううううっと思ってきた。それで大人になってからも、できる人、能力のある人、社会的ポジションを持っている人は必ず時間に正確だった。取材を通して、遅刻してきた相手の話など聞く気にならないし、逆にこっちが「あ、30分も前にきて早すぎちゃったかな」と珈琲でも飲もうと待ち合わせのカフェに入ったところ、相手がきちんとした格好で先に待っていた、なんて時は(相手の年齢いかんを問わず相手を尊重したくなるものだ。それって普通の人間心理じゃないのかなあ。わたしが入ってきたのを見てある人はジャケットを羽織り、シャツのボタンを上まで締めなおした。その仕草だけで、これからどういう話が聞けるかどういう人か、概ね想像できるし殆ど外れない。推理でもなんでもなくて観察と想像の問題だと思うけどーーー。

というわけで、ホワイトアンドブルーに話を戻すと、涼風さんの女性らしい伸びやかな声で、素敵な歌詞が胸に残る。

♪ 思い出の数ばかり数えるような夜は 誇りが震えている

♪ すべての不安 無くした予感 悲しまないで

♪ 言葉がまぶしいこと 瞳が微笑むこと 胸を打つということ 涙が優しいこと

 ーーーー愛する人よ 迷わないで

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追記)そのあとに2人の若い女の子に、2冊の英国の本を譲ったのだが、約束の15分前に到着していて、言葉遣いもとっても丁寧でびっくりするぐらい好感の持てる子達だった。足して2で割ればプラマイゼロ、いいことも悪いことも、どっちも半々でやってくるもんなんだな。プラス、「だから在仏日本人は・・・」ってひとくくりにするのもよくないよ。