Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

見えない春を探して 

 半月ぶりにダンスに行った。クラスが終わってスタジオを出てもまだ明るい。3月に入ってぐっと陽が長くなった印象。来週には「夏時間」に変わるのだ。

 2月半ばぐらいから20日間ほど、自分の書き物に熱中していて、勉強もほったらかしの日々が続いていたので、そちらがひと段落してようやくダンスに行く気になれた。といっても2週休んだだけだけれど。土日は2ヶ月間限定のアルバイトが入っているので、5月まで振り付けクラスは行けないことは先生に伝えて。

 バイト、一日8時間立ちっぱなしだから最初はものすごーく腰が痛かったしきつかったけど、やっと少し慣れてきたかな・・・飲食は辛いけれど。今は卵一個の日々だけれど、1gも痩せない体になっちゃってるし。それでもダンスは再開して良かったとーーー無理にでも自分に言い聞かせて。恵まれた体型でなくても、才能でなくても、踊っている今その時を愛そうと決めた、でもそれは本当に(そう思い込むことが)正しいのかどうか??

 たった一時間のクラスが終わっただけで、帰り際、左膝が悲鳴をあげた。痛い!!寮の部屋まで持つかどうかーーーというシリアスな痛さ。

 もう、ちょっと踊ったぐらいでこれなのだ。NYだのブロードウエイダンスセンターどころだの、じゃないよね。そんなのは、とっくに夢の彼方なのか。あとはもう、こうして、レベルの低い場所で、レベルの低い「趣味」の人たちと、一切向上することなく、成長を求めることなく、ただ楽しく踊って人生が終わるまで過ごしていればいいのか。ほんとうに、お前はそれでいいのか・・・?

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 40を過ぎて、果敢に夢に挑戦した人がいる。ずっと「成功者」だと思っていた。ところがその人がある時いった言葉にびっくりした。「夢には賞味期限がある」

・・・その人は、40を過ぎて無理だ無理だと言われながらも若い時の夢に挑戦し、見事成し遂げ、周囲からは「人生、幾つになっても遅すぎることはない」を絵に描いたような人だと思われ続けてきた、手本のような人だった。でも彼女は彼女なりに、その道の中で「やっぱり遅すぎた」ことを、歯ぎしりしながら後悔して地団駄踏んで、能力の限界を常に突きつけられ「もっと若ければ」と「諦め続ける」毎日だったのではないか。周りにはそのことが見えない。だから勝手に称賛もするし教科書みたいに持ち上げもする。でも本人は、悲しくて、やりきれなくて、夢に挑戦したばっかりに「夢に賞味期限があったこと」を味わい続けているような、そんな辛さを誰にもわかってもらえなかったのではないか。

 今、私がダンスにしがみついたとて、何になるのだろう。ましてやこの調整の効かない体で、食に関する異常行動、脳の異常を抱えたこの人生で、そしてその副産物としての膝・腰の故障と・・・そんな笑えるほど悪条件の中で、これ以上、生きて、夢を追う価値が、私の人生にどう残されていると。

 人と分かち合えることもできない、喜びも悲しみも、苦しみもーーー他人と共有することのできない人生に何の意味があるだろう。生まれてきて、生きて、そのことが本当に後悔だらけの瞬間の積み重ねで、これからもそれは、絶対に、塗り替えられることは120パーセントありえなくて、だとしたら私は何のために、これからを歩いていかなければならないんだろう。

 人と愛しあうことはおろか、憎むことすらできない。

 昨日は眠れなかった。ずっとずっと、そのことを考えていた。一度でいい、誰かの肌のぬくもりを、感じてみたいと思った。愛されなくてもいい、誰かを深く、こころから、その人の幸せを願い、愛を捧げるような生き方をしたかった。全ては遅すぎた。だったら何のために、今まで生き延びてしまったんだろう。どこまで逃げても、安息の場所なんてなかった。生きていること自体がもうそれだけですでにerrorだったのだから。