Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第38話運命の扉の前で Aux portes du destin

f:id:kotorio:20170809024924j:plain

英語版タイトルは「In the front of the door of destiny」です。

 
画面は白い馬ーーから、オスカル様を映し出し、やがて並んで走る(アンドレが少しだけ先立って)二人の横シーンから。僅か数時間(数十分?)前の二人の契りの場面が再び。「二人の魂は、長い時を経てついに結ばれた。それは何ものも、生まれ変わろうとする時代であり、また出会いと別れが激しく悲しい定めの中で弄ばれる時でもあった」でもう一度視聴者サーヴィス(笑)。二度も繰り返さなくても・・・「7月13日の夜が間もなくあける。そしてこの日はオスカルのこころを支えた男、アンドレ・グランディエのあまりに長く、あまりに短い1日であった」というわけで、止め絵はアンドレ・グランディエさん(夫)。国語の試験なら「アンドレのこの日はなぜ長くて短かったのか、理由を述べよ」などと不毛な問題が出されると思われる箇所です。
 
opのいつものオスカル様のバラの棘に縛られた半裸体も、そういや(妻)にみえてくる。さてオスカルたちの帰りをまんじりともせずに待っていたであろう隊員たち。オスカルが最初の一言をどう発するか、息を飲んで待っている。もちろん我々視聴者もだ。無駄な感想を挟まず、そのまま書き出してみようと思う。
「諸君・・・もう知っていると思うが、我がB中隊は午前8時、パリ・チュイルリー広場へと進撃する。目的は武装した民衆への牽制であるが、暴動となった場合は発砲、これを鎮圧せねばならない」。ダグー大佐も戸口に姿を見せる。オスカルは椅子に座って続ける。
「民衆の中にはおそらく諸君の親や兄弟がいることと思う。たとえ私が発砲を命じても、君たちは引き金を引かないだろう。それが当然だと思う」ーー《思う》を二度繰り返している。常にトップであり、命令する立場である隊長たるオスカルが個人的な想像である内容を話すに当たって「思う」を使い、彼らの心に寄り添っている。これまでおそらくなかったであろうシュチュエーションでの発言だ。
3分46秒。13日の朝日が昇ってくる瞬間。ここからオスカルの独白の間、画面はずっと、その朝日に照らされゆく野原を写している。「私の・・・考えを言おう。いや、私は自分のとるべき道を述べる。全く個人的にだ。私は今、この場で諸君の隊長であることをやめる。なぜなら、私の愛する人、私の信ずる人が、諸君と同じように民衆に対し、発砲しないと思うからだ。私はその人に従おうと思う。その人が民衆とともに戦うと言うなら私は戦う。諸君、私はアンドレ・グランディエの妻となった。私は夫の信ずる道を、共に歩く妻となりたい」
さあ、ここでアニばら最大の問題発言とされている(1)「従う」、及び(2)「妻となった」、2大発言について、一応は触れておかなければならない。
初回時の私の個人的な印象は「従う」発言はスルー、「妻」発言にこそ違和感を覚えたものだ。「従う」のはまあいいとして・・・それよかここで、こんな時に、隊全員の前で「妻となった(=やった)」と朝っぱらから打ち明ける必要性があったのかどうか?あくまで二人のプライベートな出来事。それを、女のオスカル自らが、職場で公表するその根拠とは?とひっかからずにはいられなかったのである。正直、こんな発言して欲しくなかった、というファン心理さえある。
だが、まあ何度か見ているうちにまずはこの発言に至ったオスカル様を丸ごと受け入れ理解してみようと思った。ブログを書くにあたって再考すればするほど、その心の動き、何となく私にもみえてきたような気がしたのだ。
加えて、ファンの間では「妻になった、はいいとして、そんなことより《従う発言》の方が問題」になっているらしいこともわかってきた。この点を踏まえて、以下。
1)従う発言についてーー確かにこれまでアニばらを見てきた人にとって「おや」っという表現であったことは確かだろう。「これだからアニばらは男視点で都合よく描かれいる」という批判の対象になっているのもわかる。では逆に「うーん、そこまで目くじら立てなくてもいいんじゃないか」と思ってしまった女性である私の視点って、何かおかしいんだろうか?どういう根拠で私は「従う」発言がそれほど気にならなかったのか、という逆説から紐解いてみる。思うに、
a)オスカル(妻)の行く道はアンドレ(夫)の行く道。既に「二人は一つ」であり、アンドレの行く道もまたオスカルの行く道でしかありえない。オスカルが一歩引いてみたところで、実際にはオスカルの、そしてアンドレの、共通の意志である。いずれかがいずれかに「服従する」の意味とは大違いであり、ここでは今までずっと隊のトップを(表面上)取り仕切ってきたオスカルが、妻となったことで初めて彼女の精神上のリーダーであった夫アンドレを、表舞台で立てた。
b)従う発言がなくても、彼女は同じ行為をした(民衆と共に戦う覚悟であった)ことはわかりきっている。
c)敢えてそれを皆に公表することで、立場が上である彼女の方から、隊員たちと肩を同じくする所まで一段降りてきた。既に隊員の心=民衆とともにということは、彼らの間では確認済み。さすれば、オスカルが隊長としてではなく「自由な心の持ち主である一人の人間として」彼らの中へ受け入れてもらえないだろうか、という彼女なりのへりくだった表現 
d)一兵卒である平民のアンドレに従う、というのは隊員たち一人一人に従う、と言っているのと同じ。(アンドレ=隊員の精神的な代表として捉える)
e)であれば、隊長を辞めてまで「自分たちと共にある」と言ったに等しいオスカルを認め、敬い、同士としてその場で隊長に再選するという、逆に隊員たちがオスカルに「従う」宣言をしていることで、決着がついている。
f)付け加えるべきか迷ったが、これまでオスカルが隊長として振舞ってこれたのはアンドレがいたからである。夫となり、妻となった今、せめてそのことに対する感謝を皆の前で伝えたいという、オスカルの謙虚な思い。
→《まとめ》オスカルの「従う」発言により、アンドレを立て、ひいては一隊員である平民の男たちを立て、隊員たちはそんなオスカルにこそ「従う」という。今こそ衛兵隊が「1つ」になった瞬間。
 
2)ではもう一つの「妻となった」発言についてーー流石に私はこちらにはぶっとんだ。二人のプライベートである事柄を、今このタイミングで?しかも男の中で誰より男でいなければならなかったオスカルが、弱い女の部分など見せてこなかったオスカルが、私は女ですと認め告白する必要性がどこにあったというのか?
アニメでは不要な変更は加えられていない、全てが意味のある行為であり発言であるという可能な限り好意的な視点によって、この「妻発言」を考察してみる。
a)これまで職場に私情を持ち込むことをよしとしなかったオスカルが、その立場を捨てて初めてプライベートを隊員たち全員の前で打ち明けた。→自分も一人の無力な人間であり(君達それぞれと同じように)大切にしたい自分以外の命があるということ。
b)出動にあたり(主体的選択による運命共同体とも言うべき)「命」を共にする全ての仲間の前で、隠し事はしたくなかった。ましてやアンドレとの関係は、堂々と発表するのになんら恥じるべきものでなく、人として隠す理由など何一つなかった。
c)二人の関係が「貴族」と「平民」の垣根を越えたこと→これから投じる革命にあたっても「貴族」たるオスカルが「平民」側へ参戦する確固たる理由と証拠が今やあることの表明。
d)隊の中でのアンドレの位置を考えてみよう。アランの二人の恋の応援ぶりも凄かったが(笑)、あの本音で生きる血の気の多いヤローどもの中にあって、アンドレというのは平民でありながらどこか落ち着いて、大人びていて、無口で、カード遊びにも興ずることない。貴族につかえていた過去はあるものの、隊員達はアンドレに「どこか不思議な魅力」を感じていたのではないか。オスカルのことさえ無ければ、堂々革命に身を投じていただろう、芯のある男である。それがアランのいうように「あんな女」に惚れちまったおかげで、命がいくつあっても足りない状況に自ら乗り込んでいる大バカものである。どこか憎めない、同性から見ても思わず応援したくなるようなアンドレ、実は皆、この不器用そうな男の想いが実りますようにと密かに思っていたのではないか。言ってみれば、隊員達全員「アンドレ応援団」だったようなもの。アンドレもアランもいないところで、カード遊びの際「オスカルがいつ落ちるか」なんて賭けてた不届きな奴だっていたかもしれないが、基本、みんなアンドレに好意を抱いていたわけである。1年4ヶ月の間一緒に寝起きした「俺たちの仲間」なんである。そのアンドレの、身分ちがいの恋が成就したというめでたい事態に、彼らだって「やったぁ!」だったに違いないわけである。そんな彼らに隠しだてする必要がどこにあろうか。
e)「妻」となった隊長が「夫」アンドレ(=同志)を立てるということは、すなわち俺たち一人一人の隊員に対する敬意に他ならない。
→《まとめ》オスカルはそこまで計算していなかったかもしれないが、「妻」発言による付随効果として、隊員達の一体感、男を立てられたのだというひとりひとりの高揚感につながっている。
 
長くなったが以上が2大問題発言のまとめ。このシーンは終わっていない、先へ進もう。
「アンドレ、命じてくれ。アンドレの行く道は私の信ずる道だ」というけれど、さあ、こんなこと言われてアンドレってばなんて答えりゃいいの。見てるこっちがドキドキしていた中、やっぱり助け舟を出してくれたのはこの人、アラン。
「はっ、はっ、はっ。隊長、あんたは隊長を辞める必要なんかねえよ。あんたが来る前にみんなで相談ぶってた。もし戦いになったら、俺たちはその場で衛兵隊を辞めて《革命》に身を投じようじゃねぇか、ってね。だがあんたがその気ならそんな必要はねえ。俺たちはあんたの指揮のもとで市民と共に戦う。みんなばらばらになるより、その方がずっと力になる!!」
アランのこの余裕の発言から推察するに、オスカルの判断はある程度、彼の中では想定内だったのかも。逆にオスカルの方が、隊員たちの反応を予想だにしていなかったかもしれない節がある。思わずアンドレの方を見て「アンドレ?」と。この時の彼は落ち着き払ったもので「アランのいう通りだよ、オスカル」と、世話になった親友、仲間へのお礼ともとれる「立て方」をしている。隊長!隊長!と口々に叫ぶ隊員達一人一人が、今、同じ思いでいるのだ。机をひょいと飛び越して「よろしく頼むぜ、隊長!」固い握手を交わすアラン。一同は、オスカルを「隊長」として、全員一致のもとに再び受け入れたのである。そう考えると、このシーン、本当にあって良かった・・・かつてない文章の長さになっちゃってるけど・・・・アニばら万歳・・・と思えてくる。
「それからよ、おめでとよ、お二人さん」「・・・いや」自分たちのこととなると突然照れ、うつむいてしまう二人。こりゃあ画面を見ながら、自分も隊員の一人よろしく、にやにや笑いが止まらん。これが彼らなりの、最大限の祝福の仕方なのである。
 
入り口で全てを見ていたダグー大佐に。「あなたは貴族だ。私たちと行動するとは思えない。今ここで聞いたことを連隊本部へ報告するもなさらぬもあなたの自由です」《石頭》ダグー氏は、報告するつもりだが今日1日無断で休みを取る(=だから何も聞かなかったことにして)報告は明日以降になるだろう、と粋な計らい。いいんです、誰だって人生に一度ぐらい、こんなセリフを吐いていいんです!「お身体を大切に」と敬礼した大佐に向かい「・・・・ダグー大佐」というオスカル様、いつもより低めのトーンで、溢れださんばかりの情が詰まっており、声がわずかに震えているのです。お聴き逃しのないよう。100のお礼を並べ立てるより、この一言が・・・ウルウル。田島オスカル、もうほとんど神の領域です。
 
6分30秒、朝8時。メインテーマ変奏「勇敢なバージョン」と共に兵士たちが並んだ銃を次々と手に取り、背にはザック、戦闘準備態勢で駆け出してくるこのシーンの素晴らしさと言ったら!私はたまらなく好きだ。
今、衛兵隊B中隊は、全員のこころが一つになっている。白い鳩が飛んでいる。「では諸君、行こう!」は仏語字幕では「À mon commandement! En avant!」(直訳・私の兵士諸君よ、前進せよ!)となっているが、仏語吹き替えバージョンでは「Monsieur(ムッシュー)」と呼びかけていた。この時代、まさか隊長が、(しかも平民である)隊員たちに向かって敬称であるムッシューなどとは口が裂けても言わない。しかし、オスカルにとっては、彼らこそ今日の主役たる男たちであり、その一人一人が尊いのだと、自分は単にそれを束ねる役割を与えられているに過ぎないのだという思いが、自然と湧き上がっていたのではないか。
日本語の田島さんのこのセリフ回しも、昨日までのオスカル様とどことなく違う気がする。朝の光と共に、言葉まで輝いているように聞こえる。ついぞ兵士たちと身分を超えてこころ一つに、また女としても新たに生まれ変わった「希望の光」が宿っているような。そう、それは紙切れ一枚の辞令でやってきた「職務としての隊長」ではなく、一人の人間として仲間に選ばれ皆を率いるのだという誇り、初めて彼女が「《自由に、こころのままに》」(診察を受けた際にラソンヌ先生に言ったセリフ)発した言葉だったのではないか、という気がする。ーーーとにかく、この「では諸君、行こう!」は明るくて、キラキラとしていて、胸が震えるのです・・・。
 
朝8時を告げるパリの鐘の音。チュイルリー広場では噴水を挟んで王家の軍と民衆とが向き合っていた。国軍側のトップは市民たちが武装している姿に驚きの声を上げる。前日、アンヴァリッドの兵器庫が襲われ、2万3000丁の武器が市民の手に渡っていた。
最初の犠牲はまだ無垢な子供(4歳ぐらい?の坊や)である。一発ゲストのミッシェルくんだが、いつかドゲメネに背中から撃たれた子供を思い起こさせる。さすがに撃ってしまった兵士の方が動揺しているようである。凍りつくその場の人々。・・・これをきっかけについに民衆の怒りは爆発。7月13日、ここに「フランス革命」の戦いの幕が切って落とされた。衝突し合う双方の図で止め絵。
 
オスカルのもとへ、軍の発砲は早馬で伝わる。チュイルリー広場は血の海となりましたーーー。しかし民主は組織化されていたわけではなく、軍の圧倒的な力の前に、叶うはずもない。
9分57秒、民衆側の中に、ベルナールとロザリーの姿がある。ベルナールはどうやら民衆側の指揮をとる立場らしい。これ以上、けが人を出さないためにひとまず退却を叫ぶ。引き返す民衆の前に到着したオスカル様たち衛兵隊。民衆は「挟み撃ちにされた」と誤解するがオスカル様「待ちたまえ。我々は諸君と戦う意思はないーーーとにかく、道をあけて下さい」と丁寧に、言葉で説明するオスカル。
国軍側のトップが口火を切る。「ドイツ人奇兵連隊、ランベスクだ。名乗られよ。貴公の階級と称号は」。この時代、これが全てだったんだなぁ・・、貴族も楽じゃないよなあ。「名はオスカル・フランソワ。しかし階級と称号はない!!」ーー《ド・ジャルジェ》を名乗らなかったオスカル様・・・に涙。
 
11分25秒、次にオスカルがどんな言葉を発するか・・・、張り詰めた空気の中、オスカル様、黙ってその右腕を、高く空に掲げたーーー。
!!ランベスク公の顔色が変わる。衛兵隊員、一斉にドイツ人奇兵隊に向け銃を構えたところで、また止め絵。今回、既に3回止め絵を使っていますが、どれも印象的な出来栄え、ここは音楽の使い方もとても良かった。
「兵を引いてください、ランベスク公。さもないと我々は一斉射撃します」オスカル様の冷静なフレーズが返って恐ろしく響く。「君たちは一体・・・」「衛兵隊B中隊は今日限り、全員除隊致しました」アランの一括で、迷う間もなくランベスク公、退却を命じ逃げるように引き上げる。オスカル様、階級章を外し惜しげもなく地面に投げ捨てます。
 
ドイツ奇兵隊の去った後、今度はそれを見ていた半信半疑の民衆たちに取り囲まれる。不穏な空気。「俺たちと一緒に戦おうってのかい?信用できねえな・・・」
衛兵隊員一同、せっかく市民のために戦おうと意思統一してきたのに、まさかその市民から受け入れられないとは。
ラサール君「ひ、ひどいよ・・・あんまりだ・・・」と兵士たち全員の気持ちを口にします。別の隊員も「王室から給料はもらってたよ、でも心まで売ってたわけじゃねえぜ!」と叫んだにも関わらず、こともあろうにその市民に銃を向けられてしまう衛兵隊。
「彼らの言うことはもっともだと思う。我々の考えは少し甘かったようだ・・・」オスカル、腰の剣と銃を外し、「アラン、持っていてくれ」と手渡す。オスカルの背後には、この時、右にアラン、左にアンドレが控えていたわけで、なぜこの時、アンドレではなくアランにそれらを託したのか、と疑問を抱く方もいると思う。単に利き腕側にアランが居た、ということだけではなく、オスカルは多分、隊員たちの前で「夫」であるアンドレを部下扱いしない配慮を見せたのだろう。
オスカル様、自ら民衆の輪の中へひとり入っていく。「私は貴族だった。それだけでも今ここで銃を向けられ、撃ち殺されても文句は言えない。だがこれだけは信じてほしい。私と共にあり、私にこうせよと命じた隊員諸君は私とは違う。皆さんと同じ心を持った第3身分の出だ。衛兵隊で給料をもらいながらも、首を長くしてこの日の来るのを待っていた男たちだ!彼らを、せめて私の隊員たちを信じてやってほしい。信じて、そして一緒に戦ってやってほしい。そのために必要ならば、私はここで撃たれよう」
あれ?兵舎での「問題発言」なんかより、私にはこっちの方がよっぽどひっかかったのだが。「私にこうせよと命じた隊員諸君」という表現。これ、私なりに解釈してみますと「アンドレに従う&命じよと言った=アンドレの気持ちはアランの言葉を全面的に支持したように、隊員一人一人(ひいては民衆)と共にある=隊員全員がオスカルに命じ、私はそれに従った」という構図で、筋が通るかな?
 
14分51秒、そこへ民衆をかき分け、ベルナールが登場。「私は衛兵隊の皆さんを信じます」オスカルに向かって、というより、その場にいる全員に聞こえるようにいう。「そしてあなたを。ようこそ、オスカル・フランソワ」アベイ救出作戦以来だったか。二人は互いの名を呼び、握手を交わします。ここで民衆の反応・・・「あれはロベスピエールの直弟子の・・・」「ベルナールが信じられるんだったら」「信じられるなあ・・」「ああ・・」「おう・・・」さっきまでオスカルに銃を突きつけていた民衆たちは、騎乗の衛兵隊員に近寄り、握手を求めます。「よろしく」「一緒にやろうぜ」
・・・私、この場面、何度見ても絶望感?にも似た気持ちにおそわれていっぱいになります。こんなにいいシーンなのに?いや、アニメ版が、とか製作が、脚本がどうのということではなく、「民衆っていかに自分の頭で考えないか」って事。ベルナールのツルの一声で右ならえです。なるほど、こんなに操りやすいものはないなって思っちゃうんですよ。民衆って集団である事の愚かさを知らないがゆえに民衆たるわけで。この時の、フランス革命の「民衆」という存在は、のちのロシア革命では徹底的に研究し尽くされたのです。大衆心理をつかみ、自己の思うがままに扇動し世を動かす面白さといったら、ある種の男たちにとっては、ゾクゾクする麻薬みたいなもの。病みつきにならずにはいられないスリルだったんじゃないかと思います。(私もその手の血が流れているほうなので非常によく分かる)
 
気をとりなおして、さてこの二人の感動的再会の場面。ってついこの間も彼の家へお邪魔して愛のCoffeeを飲んだばかりなんですけどね。「いつかはこうなると思っていたよ、アンドレ」「ベルナール」「よろしくな」「よろしく」ーー男二人(元・黒い騎士同士)がガッツリと両手を重ね合わせるシーンはロザリーでなくてもグッときます。
16分03秒、ロザリーとの再会を喜んでいる余裕すらなく、アルマン連隊500人がこちらへ向かっているとの情報。「元・衛兵隊員、全員騎乗!」どうでもいいですが、この時すでにオスカル様、腰に剣を下げています。いつの間にアランから返してもらった?
「待ってくれオスカル、どうするつもりだ」民衆側のリーダー・ベルナール。次のオスカル様のセリフの言い方、よく聞いてください。
「先制攻撃を仕掛け、彼らの攻撃を食い止める。あなた方はその隙に、この広場にバリケードを築いて下さい」「バリケード?」「そうです、バリケードがあれば、武器が少なくても軍隊と互角に戦える。いいですね」「なるほど、よくわかった」「では!」
かなり状況は切羽詰まっていると思うのですが、オスカル様、ものすごーく落ち着き払った、冷静な物言いです。一言一言を区切るように、丁寧に発音しています。戦闘のことに関してはもちろん自分たちのほうがプロですから、適切な指示を、ゆっくりと分かりやすく与えているのですが、「あなた方は」「〜して下さい」「いいですね」と、あくまで民衆の皆さんに向かって、敬語なんです。
これがフランス語吹き替え版のオスカルの場合、もう少し緊迫感がにじみ出ちゃっている。もともとオスカル役の声が低いこともあって、非常に切羽詰まった「命令調」で、早口でまくし立てているように聞こえるのです。これとこれをやっとけ、と指示を出して、自分たちは雄々しく駆け出していってしまうような。それはそれで力強いのだけれど、改めて日本語版の田島さんの声を聞くと、冷静さの中に「慈しみ」にも似た感情が溢れていることに気がついて、うっかり涙腺が緩みそうになる。オスカルが民衆の皆さんに「お願い」しているような、腰の低さが現れている感じがして。このシーン、本当に田島隊長の聖母のような優しさのにじみ出ているところに、ひれ伏したくなる。これってオスカルが「女」になったから??
 
「全体前へ!」は「En avant」。このフランス語の響きってなんか妙に好きなんです。細い路地を駆け上がり、急坂の上でのオスカル様のセリフは、さっきのそれとは打って変わって一段低め、凛々しくて男らしい「隊長」の声に変わっています。
「いいな!十分に撹乱し、敵の注意を引きつけたら、広場とは反対方向に走る。我々を追わせて、あの隊を広場から遠ざけるのだ!ようし、一気に側面へ突っ込めー!!」
これ、結構すごい角度の急坂ですよね。アニメならではのこのスピード感、かなり恐ろしいんですけど。
「よし、退却!」状況を見極め適切な指示を出すオスカル様の戦闘能力、さすがです。よっしゃーと意気込む隊員たちをよそに・・・こんな大事なときに!アンドレの目がぼやけているだけじゃなく「だめだ、どんどん暗くなってきた」。アランはアンドレの側で彼を必死に守りながら駆け抜けます。
 
「オスカル・フランソワ以下50名は、サンマルタン運河を通過、こちらへ向かっています」さっき退却したドイツ人奇兵隊ランベスク公たちが待ち伏せをしています。
 
7月13日15時・・・午後になって民衆と軍隊の戦闘はいたるところで行われ、ますますエスカレートしていった・・・ってナレーションを聞くまでもなく、パリ全土がもはや火の海なんですけど・・・これ、暴動というか革命というか、戦争です。またオスカルたちの反乱は国王、連隊本部に直ぐさま伝わったでしょう。既に全土に衛兵隊B中隊の討伐命令が行きたわっている。そりゃそうですよね・・・わかっちゃいましたが「討伐命令」と聞くと、今更ですが、オスカルたちの行った「ことの重大さ」を再認識。国を、全陸軍を敵に回したのです。国家への反逆罪。見つかり次第一人残らず・・・そういうことですよね。
20分、運河沿いでランベスクたちの待ち伏せにあったオスカルたち。退却命令をし引き返すも、橋の上で完全に挟み撃ちにされてしまう。仲間が撃たれ、命を落とす中、あのラサールの最期です・・・。目にいっぱい涙を溜めながら、オスカルさまの声が届いたか届かなかったか・・・自ら敵陣の中へ、猛突進して散っていきます。
その場からどうやって逃げて来られたのか(むろん敵陣を強行突破したわけだが)オスカルたち、一時的に安全な地下道に身を隠し、これからの出方を考えています。50人は約半数になっている。とにかく広場へ戻り、ベルナールたちと合流するより道はない。が、問題は広場までいけるかどうか、です。途中には軍隊がゴロゴロしている。「だがーー強引につっきるしかねえ。でしょ?隊長」アランはアンドレにも声をかけ《アンドレの発令によって→隊長オスカルを動かす》という図式を取っています。
 
夕闇も迫ろうという中、橋下から出てきた一行の前に、一人の警備軍人が。オスカルがとっさにピストルを引いたのと、相手の銃が鳴ったのはほぼ同時。そのどちらも命中はしているのですが・・・「隊長っ!今の弾が、アンドレに・・・・!!」アンドレ、どくどくと血の流れる胸を左手で押さえつつ、「・・・オスカル」とそのまま2.3歩進んで前のめりに倒れます。
 
予告編。「あのアンドレが死んだ。一体この先オスカルの虚しさが癒されるときは来るのだろうか。見ればバスティーユの大砲が、不気味な口をオスカルに向けている。運命の日、7月14日。その夜明けは近い」
いつもながらに非情極まりないナレーションです。これを聞いただけで一週間、現実社会に復帰できないであろう予感でいっぱいにさせてくれる毎回のとどめ、リアルタイムで聞かされた世代でなくて、本当に良かった・・・。