Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第35話オスカル、今、巣離れの時 Oscar, vole de tes propres ailes

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英語版タイトルは「Oscar, now is the time to flee the nest」です。突然ですが、本日、2015年12月発売の「lady oscar edition ultimate」DVD8枚セットが届きました。100ユーロちょいの愛蔵版なのでお得。しかもオリジナル言語(日本語)・フランス語吹き替え、さらにフランス語の字幕有り・無しの4パターンが選択できるので、まずはオリジナル言語+仏語字幕で視聴してみます。(これまでは日本語+英語字幕で見ていました)従って、これ以降(ってたった5話しか残されていないですが)多少、仏語に関する言及が多くなるかも・・・いえいえ、それは改めて2周回目に(あんた一体何回見るつもりなの?)アニばら仏語版メモを開始しようと思っているので、今後ともどうぞおつきあい頂けますと幸いです。

 
ではこの35話、地味〜〜に、私のお気に入り回です。このタイトルはないだろうってのが初印象でしたが・・・。1789年6月23日から30日、アラン達12名のアベイ釈放までを描いた回です。
 
前回、大変なシーンで終わってましたよね。近衛が会議場に武力介入へ向かい、オスカル&アンドレはそれをなんとしても止めなければっ、という。一足お先に到着していたのはジェロ様率いる近衛隊。な、名乗りましたよ、彼。「近衛連隊長、ジェローデル大佐!(中略)・・・突撃用意!」立派になりました。(涙)「バラはバラは」じゃなくて「ジェロがジェロが、近衛連隊長〜」と頭の中を替え歌が回っておりました。ラファイエット公らが平民議員を守るべく立ち上がり、一触即発のところへオスカル様白馬で登場!「引け引けー」さあ、名台詞まんま始まります。
ジェローデル、私の剣を受ける勇気があるか。近衛隊の諸君、私の胸をその中で貫く勇気があるか!さあ撃て。武器も持たない平民議員にその銃をむけるというなら、まず私の屍を越えてからゆくがよい!」アニメオスカル様は剣を持ち、両手を肩の高さで広げています。ここでジェロ様の本気モードの「どアップ」顏がみられます。「マドモアゼル・・・どうか、剣をお納め下さい・・・」下斜め45度のジェロ様の瞳を閉じたお顔も素敵!「前の隊長であったあなたをどうして撃つことができましょう・・・」この盛り上がり最中、ほんっとに申し訳ないのですが、5分17秒で一時停止してみてください。ロベスピエールたち平民議員の中に、一人、顔が真っ青なサイボーグ状態の議員さんがいるんですが、だっ、大丈夫ですか?!あなた誰ですか。一瞬、サンジュストの仮面かと思っちゃった・・・。ってそれぐらい「宇宙人」なんですけれど、これ、どなたかツボはまってる人います??すいません、こんなシリアスな場面の途中で・・・。
「彼らが剣を取るその日まで待ちましょう・・・君がため・・・」ーーーたとえ我が身、謀反人になろうとも・・・
ジェローデル、退却命令の後、背中を向け片手だけあげて。キザな去り際、健在でございます。原作ではポエジーな彼の胸の内がモノローグで語られますが、アニメではその背中で充分です。
アニメ版では元求婚者というよりは、別の立場のジェロ様を強く感じました。つまり、ジェロというのはオスカル様と一緒に、18年もの間、近衛でツートップを務めた副官だったわけです。オスカル様を上司として、人間として尊敬し、最も側で支えてきた。彼女の業務上の一挙一動、思考、行動、全てを見守ってきた男です。長年一緒にいて、オスカル様から考え方や人のあり方の面でも非常に影響を受けており、同じように思考・行動したとしても、至極自然なことだと思うのです。「マドモアゼル」なんて元求婚者としての自分を表にしてみたものの、それはあくまでオプション。本筋では「現・近衛連隊長」ジェロ大佐として、彼自身の頭で判断し、退却したんじゃないかと。彼、一人になってから「こんな時、オスカル隊長ならどうしただろう」って考えながら、手探りで、必死に隊長のポジションを務めてきたのだと思いますよ。オスカル様に恥ずかしくないように。そして今回も、きっとオスカル様ならそうしただろう・・・つーか、思う前に、現に、目の前で退却せよと両腕を広げてるわけだし。この時点で、ジェロにはそれ以外の選択肢などありはしないんです。彼は今、独立した一軍人として、そしてオスカルの育てた近衛を、立派に継ぐ後任者として、恥ずかしくない姿を、前隊長に見せたまでのこと。それが「あなたの前でどうして卑怯者になれるか」(=武器を持たない人間に銃をむけるようなことは、オスカル隊長ならしないだろう)というセリフの真意だと私は捉えています。その責任をとる覚悟まで、全て計算済みの上で。
それはオスカルにも、わかりすぎるぐらいわかる。(=この後、ジェロがどういう処分を受けるか)オスカルは、身を張った元部下ジェロに深く感謝したと思います。
 
というわけで6分13秒、お偉いさん方の前で吊るし上げにあっているジャルジェ将軍。ブイエ将軍も今回ばかりはフォローの仕様がないと。ってか国王陛下!あんた自分の意見はどうなの?!そこへ「陛下の処分を待つまでもない」とジャルジェ将軍・・・。
 
7分30秒〜まずは前半のハイライト。ジャルパパのお部屋に呼ばれたオスカル様。「そこへ座れ。覚悟はいいな」「何の覚悟でございますか」原作とは違う設定、違うセリフ(オスカル様)が見どころ。オスカル様は「自分が斬られることで12人の命が助かるなら喜んで命を差し出します。しかしそうはいきますまい、ならばここで殺されるわけにはいかない」という3段論法。対してジャルパパは「いかなることがあろうと最後まで陛下に忠誠を尽くすのがジャルジェ家の伝統。謀反人を出したとあってはもはやこれまで」という。「安心しろ、お前を神のもとへ送り届けすぐにわしも行くわ」「ならばなおのことわたしは御成敗を受けるわけにはまいりません」ーーーオスカル涙
「優しいことをいう・・・だがもはやこれまでだ」ーーー父涙。戦国ドラマの父息子の愛憎劇もぶっとぶ、これがどうしてお子様アニメであるかっつー、アンビリーバボーな大人の世界が繰り広げられております。
剣を振り下ろしたところで「お待ちくださいーー!!」とアンドレ、扉を開けて飛び入ります。(フランス語字幕だと、ただ一言「Non!」ってあっさりです)「《オスカル様》をお斬りになるというのなら、この手永遠に離しません!」原作は、後ろから黙ってジャルパパの腕をひねり上げ(それはそれで恐ろしい迫力です)短剣を突きつける・・・といった「静」のシーンでしたが、アニメ版ではオスカルから最も遠い窓際までジャルパパを力で追い込め、両腕を窓に押し付けたあと、ピストルの銃口をむける・・・という非常に激しい「動」のシーンであります。「優しさの贈り物」の前半部分のみの演奏がバックで流れます。否応無しに緊張・最高潮に。「どうしてもと仰るなら《オスカル》を連れて逃げます」《様》、がなくなりました。アンドレの見えない方の目の側、つまり左側の横顔が描かれています。「何?オスカルを連れてだと?」「はい」「それがお前の気持ちか」「はい」・・・志垣アンドレ、この2回の押し殺した「はい」が上手すぎて、・・・(涙・涙)。
「馬鹿、貴族と平民の身分の違いが超えられるとでも思っておるのか!」「お尋ねします、身分とは、平民とは。人は皆平等です!「貴族の結婚には国王陛下の許可がいるのだ」「知っています、だが人を愛するのに、たとえ国王陛下といえども他人の許可がいるのでしょうか?」「アンドレ、貴様・・・!」で、往復ビンタです。ちょうど明かりをもってきたばあやがそのシーンを見て、廊下でうずくまって泣き出してしまいます。少女漫画の世界を300パーセント超えた修羅場、修羅場、男二人のやりとりを見てしまって・・・どんだけ寿命が縮んでしまったことでしょう・・・。「二人とも許せん」ジャルパパはつまり、ダブルの裏切りを受けているわけです。一つは王家でありながら楯ついた息子(娘)オスカルの謀反、そしてもう一つは、家族も同様に引き取り面倒を見てきた下僕アンドレの、恩を仇で返すとはまさにこのことと言わんばかりの下剋上(笑)。アンドレ「ではまず私からお斬りください。一瞬とはいえ、私が後では愛する者の死をみることになる」オスカル様、すべて二人のやりとりを黙って聞いておりましたが、ここでひとこと「アンドレ・・・」とつぶやいていたんですね。
ーーー望み通りにしてやろう、といったところでベルサイユからの急使。王后陛下(結局アントワネットが決めたのね)のお情けにより一歳のお咎めなし、とのこと。で、この急使がくるという設定、すごく自然というか、必須だと思うんですよ。原作ではジャルパパは最初っからその結果を知っていてオスカルを呼びつけているもんだから、成敗も単なる「フリ」だったわけで。アンドレに至っては「知能犯め・・・」のひとことで片付けられちゃうんですよ。アニメでは父も娘も、マジ100パーセント、本気同士のやりとりでしたから。だからこそ、まさか陛下からそんなお達しがくるとはひとりとして予想しておらず、むしろジャルパパのほうが「命拾いしおって・・・馬鹿者めが、馬鹿者めが・・・」と2度繰り返し、感極まっちゃってるのも納得なわけです。
 
ここで原作での名シーン「オスカル様の大告白&アンドレ名台詞」→初の合意の上でのキス・・・・がまるまる全カット、なわけです。ヅカばらですら原作ママに感動を与え続けてきた名場面・・・オスカル様「私の存在など巨大な歴史の歯車の前には無にも等しい」「生涯かけて私ひとりか?私だけを一生涯かけて愛し抜くとちかうか?」アンドレ(モノローグ)千の誓いがいるか、万の誓いが欲しいか、命をかけた言葉をもう一度言えというのか・・・はい、全部カット。まあ流石にね、「永遠に凍りつきセピア色の化石ともなれ・・・」なんてアニメ全国ネットで流された日には、確かに引くというか、凍りついちゃうかも。翌日から少女たちは化石状態で学校なんかいけやしないでしょう。でもね、でもね、このセリフ、ヅカだけかと思っていたら、田島オスカル&志垣アンドレの声で聴けるんですよね。サウンドトラックの何曲めかに、この部分の朗読が入っているんです。それを聞いたときにゃあ、まさに「・・・・生きていて・・良かった」でしたよ。
 
さあアニメオスカル様、ここで告白しなかったのはやはりアベイに捕らえられている12人の部下たちが最優先事項だったからでしょう。プライベート(自分の体調のことも含めてですが)構っている一秒もなかったんだと思います。しかしながら、アンドレの父君に対するセリフ、あれはちゃんとオスカルも聞いていて(むしろオスカルに聞かせたセリフでもあり)。もうこうなると、ほとんど二人は気持ち的には通じ合った恋人になっているわけで。アンドレ、やったもん勝ちというと語弊があるけどオスカル様の言葉を失わせ、この状況に彼女が甘んじてすらいる、というその時点で、ほぼ勝利なわけです。あとはオスカル様からの主体的な合意を待つのみ。そのレールを事実上ひいたに等しいわけで、よって今後、いつ告られても準備はできていた。「わかっていたよ、そんなことは」となるわけです。
 
12分27秒。アベイ牢獄ーーー今のパリ6区、サンジェルマン・デ・プレ教会と知ったときには驚きでした。現在はその面影はすっかりありません。高級ブティック街となっています。
おお、君たち12人が勇敢な衛兵諸君だな。アランとラサール以外の名前はわからないけれど、君たちのことは忘れないよ・・・。
そこへ「5日後の7月1日、全員銃殺」と言い渡されます。欠席裁判でカタが付けられてしまった。
 
13分56秒。オスカル様、黒い騎士事件以来、初めてベルナールと再会。場所はアンドレから聞いたそうな。「わかった、説明してくれ」二人が酌み交わしているのはボトルの赤ワインです。「なんだと?アベイ牢獄を包囲しろだと?」「うん、1000人、できれば3000人集めて欲しい」ーーあ〜、このオスカル様の「うん」っていい方、すごく好きなんです。それとここでは3000千人という当初の目標の数字を覚えておきましょう。「それはできないこともないがーーー」フランス語字幕では「できると思う」になってますね。すっごい微妙な日本語のニュアンス(やってみればできると思うよ、でもそんなことで君の部下が救えるのか?本当に?という、10パーセントぐらいの「疑問」「懐疑」の余韻)が難しいですよね。「私はパリの治安に責任を持つ衛兵隊の隊長だ。パリの治安が危険と判断すれば、12名の釈放を国王に申請できる」「なるほどいい考えだ。あんたほどの知恵者が我々平民の側にも欲しい」いやー、14分56秒の、ワイングラス片手のベルナールの横顔が素敵なんですよね〜。前にも暴露していますが、私はアニばらマイノリティー、なんとベルナール贔屓。まっ、同じ職業だからってのもあるのですが、もし、自分が男だったら、あるいはベルばら登場人物の誰かだったら、革命の時代に生きていたらーーー間違いなく私はベルナール。登場人物の職業的配置のなかで最も自分に向いている。(黒い騎士がやりたいわけじゃありませんよ、念のため)彼は1760年生まれ、オスカル様は1755年生まれだから、オスカル様より5歳年下か。
そんなベルナールにも、一つ危惧があって「もし暴動になったらどうする?」原作のオスカルの返答は、「責任を取る」だけで、具体性に欠けています。ここはアニばらのオリジナルセリフが素晴らしい。「君たちの仲間からはけが人も死者も一人も出さぬと約束しよう。もし約束をたがえたら、私は衛兵隊をやめ、君たちの使い走りにでもなんでもなるだろう」オスカル様の具体的な覚悟を伝えたことで、説得力が増した。
「わかった、やってみよう。俺の演説一つで何人集まるか、見ててくれ」しっ、しびれるぜベルナール・・・ロザリーにやるのはもったいない。
とはいえ、一応ことを起こす前に、ロベスピエール先生にお伺いをたてる。先々の計画を見越して「やる価値あり」と判断、許可を出すロベピ先生、そこへ「いつかではありませんね、そのままベルサイユへ向かわせたらどうです?」サンジュストくん、あんた今、どっから出てきた?「いい加減にしたまえ、サンジュストくん!」史実ではロベピ大先生を尊敬し崇拝してたはずの美少年なのに、アニメの狂気がかった彼は、いちいち師匠を鼻で笑います。困った弟子だなあ、まあどの組織も、こういうひねくれものがいるもの。「過激?わたしが?」。ロベピ曰く「大きな力を持とうとすれば、それなりの準備と忍耐がいるんだ」師匠の目には、彼は血に飢えたテロリストにしか見えないようです。「やだなあセンセ、ひとつの提案をしただけですよ。お気に召さぬなら、ひっこめます」って、あんたどこへ引っ込んだ?いいキャラしてます、アニメのサンジュスト・・・。ある意味、ロベピとサンジュストって物事の裏と表、正と負、共存する部分なんですよね。まあいちいちfull nameが頭によぎってしまうのが原作ファンの悲しい定め。
 
16分51秒、ここのオスカル様の朝の指令、わたし、実は好きな発音なんですよね。田島オスカル隊長ならではの、感情を表に出さない、一見、文面を読みあげる的な、一定のテンポの業務連絡的指令。「我々はこれからパリ市内の特別警備に向かう。実は情報により、パレ・ロワイヤル広場で集会があることがわかった。我々の任務はその集会を遠巻きにし、警備することにある。そこでこれだけは守ってもらいたい。どんなことがあっても、市民に発砲はしないこと、たとえ市民たちの挑発があっても、決して乗らないこと。」好きすぎて全文書いちゃいましたけど、今後の人生でこのセリフの1フレーズでも口にする機会はないと思われます・・・。
ちなみに「全員騎乗、出発!」はフランス語で「Tous en selle, en avant!」です。よかったよ、レッツゴーとかじゃなくて・・・。
 
作戦を知らされていない隊員たち、現場で「おい、この集会はアランたちをたすけ出すためのものだ!」と気負いたちます。
ベルナールの演説は大成功、民衆は「アベイ牢獄へ行こう!」「我らの息子を助けよう!」となります。あー、フランス人の何かにつけて「連帯好き」って、やっぱそういうDNAなんですよねー。盛り上がりの中、オスカル隊長に近づいたのはサンジュスト本人。あんだけいた手下どもはどうしたよ??1対1でもみ合います。ってか周りの人、誰か気づくだろーー(汗)サンジュストって、3回も4回も刺し損なっていますが、頭は切れても以外と実践は積んでいないのかも。この前、アルデロス公の時だってツメが甘かったしね。うまいこと二人は地下道へ。が、オスカル様、その仮面を割っただけで、なんとサンジュストに逃げられてしまうんです。投げた剣も届かず、彼を追うこともしないオスカル様に何故?と一瞬おもった人も多いかもと思いますが、ここに来るまでで、かなり体力消耗してしまったのでしょうか。肩で激しく息をしています。それともう一つ、彼女にはベルナール率いる民衆の動向を見極め「国王陛下に向けて伝令を走らせる」という、サンジュストを追うことよりもよっぽどの優先すべき事項があったからなんですよね。
ってかオスカル様、やっぱりちょっと体調悪化しているんじゃないのかなーー。アンドレに見つけられ、成功を聞かされた時も、顔こそはっと輝いているけれど、なんだか体は辛そう。寄りかかるようにして歩いていますよね。
この時点でアンドレの報告は、民衆5000人。目標値を大きく超えました。衛兵隊中隊長令での伝令が陛下に走った時は「アベイを取り囲んだ市民はついに3万を超え(多少はサバを読んだかもしれない)これ以上は警備不能、暴動が起きるのは時間の問題」この期に及んで優柔不断な国王陛下、あんた、ちったあ勉強しなさいよ!!男でしょーーー!!結局こいつがでてくるわけですよ、アントワネット。たった12人の兵士ごときのために、美しいパリを血の海にしたくないんだってさ。それだけの理由。つくづく物事の表面というか、、、最後まで、人間を「みる」ことのできなかった人なんだなーと思います。もちろん悲劇のヒロイン、歴史に翻弄された女性、同情的な見方はいくらでも可能ですが・・・何せオスカル様のぞく同性に大変厳しいこのサイト。ただでさえアンチ・アントワネット派の私です。次回36話でどんだけ暴言吐くことか。皆様、どうぞご覚悟を。
 
21分47秒。夕暮れの中、ほとんど国民の英雄かと見まがう歓迎ぶりで、アラン筆頭に12名の兵士たちは堂々出てきます。大きな夕日をバックに、待ち受けていたオスカル様と、その一歩後ろに控えるアンドレのシルエット。原作のように、オスカル様は両手を広げて「私の部下」を待っていたりはしません。兵士たちも、隊長〜なんてびんびん泣きわめいたりしません。
ただ静かに、アニメオスカル様はオリジナルセリフを放つのです。
「アラン。これはベルナールの力でも、ましてや私の力でもない。全て民衆の力だ」
「隊長さんよ、あんたも世の中ってもんが、わかりかけたようだな」
くわぁぁぁぁ・・・・二人は固い握手を交わします。1789年6月30日。夕刻。
(こらっ、こらっ!仏語版字幕が6月23日になってるよ!!数字を間違えるとは・・・翻訳業務上、命取りだと思いたまえ)
さてナレーション。「民衆の、民衆自身によるその勝利は、やがて沸き起こる大きなうねりの前の、ほんの小さなうねりであったにすぎない」ーーーって、ええっ?日本語の文章として、「うねり」を二回、繰り返しちゃう??それはあまりに美しくない一文では・・・。フランス語ってこういうときすごい便利で、関係代名詞を使ってvague(波、うねり)を前からも後ろからも修飾することでこの単語を一回の登場で終わらせているんですよね。まあ細かいことですが・・・
さあ、いよいよ「巣離れ」したオスカル様(いまだにこのタイトルには違和感あるんですけどね)、となれば、次回は避けて通らずにはいられない運命、この人との決別であります・・・・