Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第28話アンドレ青いレモン André l'immature

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英語版タイトルは「Andre, a Green lemon」です。さあついにやってきました、禁断のR−18指定、ここからは大人の世界です。全40話中、最も有名なタイトルです。

「青いレモン」とは一体どういう意味なのか?一応日本語で「ア」ンドレ「あ」おいレモンと韻を踏んでいるのですから、英語版直訳で「グリーンレモン」ってそりゃないでしょー。

だいたい、いつもりんごかじってるんだから「アンドレ青いアップル」とかじゃダメなの?対して仏語版は「immature」=未熟な、熟していない、という形容詞で勝負。

その他各国語版が気になるところですが、仏語版の訳は、この回を熟考して、タイトルの意味を汲み取った上でのことかと。つまり「熟していない=今はまだ、その時じゃないよ」というアンドレの某未遂事件、ファンの間では原作・アニメとも通称「ブラビリ事件」とあまりに名高いこのエピソードでございます。

いっそのこと「アンドレ、アンビリーバボー(信じられない)」とか「アンクロワイアボー」(同・仏語版)とかはいかが?

1788年、オスカル様32歳、アンドレ33歳の出来事です。

 

出だしはまたも夕暮れ、アンドレ一人お屋敷の塔の上。大きな夕日も飛んで行くカラスもぼやけています。「ちょっと待ってくれオスカル・・・大丈夫、見えるようになったらすぐお前のところへ行く」アンドレの心の声、何やらまたも不吉な事態が待ち受けているようです。
 
opあと。王太子ジョゼフが高熱を出し、うなされて呼ぶのは母ではなく父の名。教会でアントワネット、泣きながら懺悔します。何も言葉に出して言わなくたって神様は聞いていると思いますが。「罪深い私を許してください。フェルゼンとはもう会わないと」本人が後ろで立ち聞きしているとも思わず、渾身の祈りを捧げます。「子供>フェルゼン」彼は切り捨てられる側。子への愛情が勝る母を、いくらフェルゼンでも咎めるなどできはしません。そもそもが背徳の愛。
 
5分、素晴らしい窓からの夕暮れのカットがあります。剣の相手をしてくれと珍しく自分から頼むアンドレ。そこへ、やっぱりくると思ったよ、この人。フェルゼン。困った時、苦しい時、純粋にこの人、オスカル様に慰められようとしてジャルジェ家にやってくるのですが・・・
暖炉前、ブランデーを注ぎながらのオスカル様のセリフに注目です。フェルゼン「同じベルサイユにいても云々・・・顔をあわせる機会がない」というセリフに対し、オスカル様「う・・・ん・・・」ですよ!!さらに「一体、いつ以来だったかな」と妙なカラ元気を装うフェルゼンの追い討ちにも「う・・ん・・・。いつからだったかな・・」。この「うん」が「ああ」との中間的曖昧さ加減を含んだ発音、しかもオスカル様、目を伏せて長い睫毛が美しく・・そしてこのたった一言の「う・・ん」が、いちいち、なっ、なっ、なんとまあ色っぽいこと!!開始5分で画面の前で、それだけで悩殺され、ウイスキーすら口に含む前なのに、画面の前で悶絶・身もだえ〜〜〜 ああっ〜誰か、誰か、助けてぇえええええ〜〜〜
鼻血を出して倒れそうな私ですが、何とか正常心に戻って、・・・ああ、血圧がっ・・・。
 
舞踏会のシーンの回想ですがこれはどちらの、というよりお互いの頭の中かも。フェルゼンは世間話を振ってくるわけですがオスカル様そつなくこなし、「フェルゼン《あなた》のほうはどうだった?どうしていた?」と聞き返します。《あなた》は、7年ぶり帰ってきた際も使用していますが、舞踏会以来、初めて顔をあわせ、呼ぶ《あなた》の重みは、そのときの比じゃありません。
フェルゼンのほうこそ「特別嬉しいことも、悲しいことも・・・」なんて言ってますが、何もなけりゃ来るわけない。二人とも、ブランデーグラスを回して、目を合わせない。特にオスカル様、終始伏し目がちです。
「一ヶ月ほど前の舞踏会で不思議なことがあった」(やっと切り出したね!)それにしてもあれ、わずか一ヶ月前だったのかー。なんだか黒い騎士やらアンドレの目のことやらで、もっと前のような気がしていたが。
「君とそっくりな貴婦人とあった。その日一度だけ、もうどの舞踏会に行ってもお目にかかれなかった」ってあんた、一ヶ月のうちにどんだけ舞踏会に行って婦人を口説いてんの?!
フェルゼン、このセリフ後、ひっじょーに確信的な目をしていますね。もう99%、オスカルだと確かめに来ているようなもの。グラスを置いたオスカル様の細い手首を掴むフェルゼン、そこをアンドレ、目撃してしまう。
「やはりオスカル、君だったのか、あの伯爵婦人は・・。どんなに隠そうとしても、瞬間的な身のこなしは隠しようがない」
さすがフェルゼン、女を見る眼が違います(笑)気づかれたオスカル様、ちゃぶ台、じゃない、小さなテーブルをひっくり返して部屋を飛び出します。アンドレがすぐそこにいたことすら、目に入らなかったかもしれない。
 
7分58秒。真の紳士ならこんな時どうする?そっとしておくか、追いかけるか。フェルゼン、後者でした。
裏庭?で壁に顔を埋める彼女の背中に「オスカル、もしも初めてあった時から君が女性だとわかっていたら・・・・」
わかっていても、あんた、どうにもならなかったでしょ・・・・「何も言うなフェルゼン、私に、何も言ってはいけない」オスカル様、振り返ることなんてできない。「わたしの気持ちはとっくに整理がついている・・・この世に愛は二つある。よろこびの愛と、苦しみの愛だ」オスカル様、堪えきれずに小さく嗚咽しています。フェルゼン「いいやオスカル。この世の愛はたった一つ、苦しみの愛だけだ」彼もまた、涙をながします。
「いつかはこんな日がくると思っていた・・・これで終わりだフェルゼン、お別れです」原作と違い、アニメではオスカルが別れを切り出す。「忘れないでくれ、オスカル。君はわたしの最高の友人であったことを・・・そしてわたしも君の友人であろうと、精一杯努めてきたことを」「忘れません、決して」そして「さようなら。元気で」と踵を返したフェルゼン、やっぱり紳士。去り際は、これ以上一秒たりとも長くても、短くてもダメだった。
オスカル様、フェルゼンの遠くなる足音に、ようやく後ろを振り返ります。涙を流しながら、心の中で祈る。
「神よ、フェルゼンにご加護を。そしていつの日か、よろこびの愛を彼にお与ください」
なんというセリフだろう。なんという心だろう。こんなにボロボロになってまで、自分より相手のことを神に祈るとは。
なんという人だろう。なんという気持ちだろう。これが愛なのか?愛とはこういうものなのか?
私はいつか、誰かを愛し、その人を守り、自分が報われずともその人の「よろこびの愛」を神に祈ることができる人間だろうか?
・・・平日19時台の民放で、全国の少女にここまで「愛とは何か」を考えさせたアニメが、かつてあっただろうか??
 
もう一つ打たれたのは、二人の間に男女の恋愛感情抜きにしたとしてもなお、消すことのできない「友情」について。
落馬事件のフェルゼンの正義感、オスカルの忠告、アントワネットに関する逐一の相談から、世の中の情勢。7年の時を経て真っ先に帰ってきたジャルジェ家と変わらぬ友情。信頼。そうした諸々のことは、今、二人が離れ行こうとも、全て嘘ではなかったのだと。その固い友情は、真に存在したものだと。そのことに私は胸が震えた。どんな文学作品よりも。人は一生涯のうちに、どれだけこんな「真の友」を得られるのか。互いに信頼し、尊敬しあえる人間、目標でもあり、時にライバル、良き相談相手。自らのことのように心配し、人生を分かち合える相手に、どれほど巡りあえるというのだろう・・・運命のいたずらさえなければ、オスカルが本当の男であれば、もっと長く続いたのかもしれない・・・(いや、女だったからこそ、性差を超えて成り立った「友情」かもしれないが)
人と人とが本気で交わり、愛し、傷つくということ。真剣に生きるということはどういうことか、このシーンは、単なる男女の別れを超えて、「人としてのあり方」までをも、考えさえてくれる。幾つになっても。
 
9分31秒から、エンディングテーマ「愛の光と影」が歌入りで流れる。後にも先にも、劇中で使われたのはこの一回だけ。暖炉前、ひっくり返したままのテーブル、しゃがみこんで、割れたウイスキーグラスの破片を素手で拾うオスカル・・・まるで粉々に砕けた自分の心を、終わった二人の友情を、拾い集めるかのように。
「手伝おうか、オスカル」「いや、いい・・・」この切なく、悲しみに満ちた瞳はうるんでいる。アンドレは彼女を一人にしてやる。そっと廊下に出たところで、ついに右目まで光を失うアンドレ。壁伝いに這いながら、エンディングでセリフの入る部分で「オスカル・・・助けてくれ!!」と心の叫び。アニメ版の演出に舌を巻く。
 
ってかここまででまだ10分しか経ってないんですけど・・・。
傷心のアンドレ、馬に乗り夜のパリへ繰り出します。la bonne table、いかにも街の安居酒屋といったところ。11分、衛兵隊たち、今日は月に一度のスペシャルデー。最後の主要人物、アランの登場です。原作ではオスカル様より年下の設定で、衛兵隊も高卒ぐらいの可愛い、ころころした純な坊やたちばっかりだったのに、アニメ版ときたら、ガタイのいいヤローの集まりで、アランも4歳ぐらい年上じゃあないですかね?という設定です。「おい、若えの、どうした!やけに沈んでるじゃねーか。俺たちと一緒に歌わねえかぃ?」アランが声をかけたのは、初対面のアンドレに、何かしら好意的なものを感じたのだと思います。たぶんアランってそういう男だと思う。ひとしきり歌った後はカウンターで短いトークタイム。給料日は毎月こんな感じなんですかね。毛並みの良い近衛や陸軍と違って「やべえ仕事はみんな俺たちよ」アランは自分たち衛兵隊を「寄せ集めの厄介者」だと紹介します。「おめえも腹ん中のもの全部出しちまえよ。それが一番だ」口で微笑むだけのアンドレに「まあいいや、話せねえなら、ひたすら飲むこった」アラン、これだけで、奴はそうとう大人だな、世の辛酸をなめてきてるんだなってことがわかる。アニメ版ではこの人、やばいぐらいにデキタ主要人物として描かれるかもしれないーーーという製作陣への期待半分、ドキドキ半分。12分44秒からのケンカ(殴り合い)もスケジュールのうちらしい。明け方、アンドレひとりベルサイユに向けて帰ります。空には星が瞬いていますがその光がアンドレに見えていたかどうか。アンドレ、心の中の声・・・オスカル、ダメだよ、いくら飲んだって騒いだって、右目からも光を失うんだ。志垣アンドレの雄叫びも。ーー何よりオスカル、お前の姿を見ることができなくなるのが辛いーーーアンドレの失明の恐怖。18歳でオスカルにいつか命を捧げると心に誓って以降、彼の存在意義は、そして愛は「オスカルを見守ること=オスカルの目でありつづけること」だったわけで。それができなくなるということは、彼にとっては全存在否定、死んだも同然なのです。
 
14分、オスカル様、暖炉前で、おそらく一睡もしないでアンドレの帰りを起きて待っていた。
「どうしたアンドレ、ばあやが心配していた」「オスカルこそ、眠れないのか」ーー暖炉の火が消えかかっているじゃないか・・・って、オスカル様は(目の前の暖炉の火加減も気付けないほど)重大な考え事に耽り、ついにある決意を決めたのですから。それをアンドレに伝えるために、待っていたのだとも考えられる。「・・・わたしは・・・近衛を・・・辞める」一言ずつ、区切るように、自分に言い聞かせるように。アンドレの答えるシーンもないまま、宮殿に場面転換しますが、おそらくアンドレは言葉を発しなかったと思います。
 
アントワネットに「近衛連隊長の任を解いて頂きたい」と申し出たオスカル。理由は口がさけても言えない。3回に分けてオスカルが画面から遠ざかっていく、ああいうアニメ上の製作テクニック(技法)があるのだろうか、とにかく「みせるなあ」という印象。
 
16分、馬にのって荒れ狂う?オスカル。アンドレ、そんなオスカル様の様子を黙って見守っている。「なぜだ?なぜ近衛をやめる?フェルゼンとの決別の辛さに耐えきれずにか?フェルゼンの愛する人、アントワネット様のお側から逃れたいためか?逃げて逃げ切れるものならオスカル、俺だって、とうにお前の側から逃げていたぞ!!」二人の心のすれ違いは、アンドレの横を疾走するオスカル様のシーンで描きます。「お前がもがくほど、俺は・・・俺は・・・」
 
馬小屋にて。以前、ここは二人の特別なスポットと書きました。オスカル様「この壁の傷を覚えているかーー」身長を測りあった跡。名前が刻まれています。「23年前のことだーー私がまだてっきり自分を男だと思い込んでいた頃だ」32−23=9歳の時の話ですね。「まだ愛することも恋することも知らなかった」って、アンドレにフェルゼンのことを打ち明けているようなものですが。オスカル様、ここからめちゃめちゃなことを言い出します。
「男として育てられた私だ、これから先、より男として生きて何の不思議もあるまい」だから私は近衛を辞める、と。
「だから」って、全然接続語になってないよ!!ぜんっぜん理由になってないよ!!オスカル様・・・・
「男として生きたい。女も、甘えも忘れさせるほど男でなければできない任務につきたい、一兵卒でもよい、銃をもち、河を渡り、敵と戦う、恋も愛もない、ギリギリ命をかけたそんな日々を送りたい。より男として生きたい、私は自分を男だと信じていたあの頃に戻る・・・戻ってみせる」
アンドレ、何も言わない。だって、こんなめちゃめちゃな論理、返す言葉なぞあるわけがない・・・男として、女のこころを隠して生きて、見なくてもいいものを見て、しなくてもいい苦労を背負って、その結果立ち上がれないほどに傷ついたオスカル、なおも自分で自分を刃物で傷付けるようなことをして、何から逃れるというのか?今でさえ、壊れそうな精神をどうにかこうにかして保っているのに、さらに自分に鞭を打ち、より男として生きるなどと言い出す・・・。
 
18分32秒。オスカルのピアノの音を聞きながら、アンドレ、ラソンヌ先生の診察のシーンを回想している。どうやら見えなくなるのは時間の問題なのか?
20分、ばあやに頼まれお茶を持っていくアンドレ。オスカルは「お前の力を借りるわけにはいかない。私が近衛を辞めたら、もう私の供はしなくてもよい。一人で生きることから始めてみたい」
・・・これって、一人でテンパっちゃって、切羽詰まった言い方に聞こえるかもしれないけれど、黒い騎士事件の時の、バルコニーでのアンドレの会話、勉強会、身分の差、そうしたことを全て考えた上で、遅かれ早かれアンドレに切り出すつもりの台詞だったのだと思う。たとえ近衛を辞めなかったにしても、オスカルはアンドレに「彼自身の道を選ぶ自由」があると思っていたに違いない。
 
20分43秒。自室へ入っていくオスカルに、ついにこれまでずっと自分の言葉をこらえてきたアンドレが放った台詞ーーーーー
「赤く咲いても、白く咲いてもバラはバラだ」・・・バラはライラックになれるはずがない・・・・
「メインテーマ変奏F・激マジ超シリアスバージョン」が流れます。その言葉を聞いたオスカル様の表情といったら!
「アンドレ、それは女は所詮女ということか!?」余裕のない彼女の脳内では、ストライクな翻訳がなされてしまいました。
アンドレ何も言わず。「答えろ、アンドレ、答えろ・・・!!」ビンタの上、胸ぐら掴んで今オスカル様は最高潮に神経過敏状態。(昨日なんて一睡もしてないわけだし)そこへきて、地雷を踏んじゃったアンドレだって、悪気があったわけではないのです。彼にも彼の、切羽詰まった事情があったんですよ・・・オスカル様の何倍もの「恐怖」と戦っていたんです。愛する人を守れなくなる、という・・・。オスカル様が平静な時ならばこんな台詞は吐かなかったかも知れません。もう少し、彼は一人で耐えたかも。でも愛する女がこれまでに見たことないほど情緒不安定に陥り、自分で自分を痛めつける道を選び、その上もう自分は必要がないとまで言われて。お互いがお互い、ギリギリの状態で。
「答えろ、その答えによっては・・・・」答える代わりにアンドレ、オスカルの両手首をがっしと掴みます「離せアンドレ!」もうこんな制御不能な状況にアンドレをさせてしまったのはあなたですよ、オスカル様。ーーーで、無理やりの口づけ。すぐ後ろにベッドなんですから、そのまま押し倒すしかないでしょう。力では、体では、男であるアンドレに、かなうはずがない。「離せアンドレ、人を呼ぶぞ」の抵抗むなしく、ビリっとブラウスひと破き。
「・・・・それで・・・わたしをどうしようというのだ、アンドレ・・・」
ここー。。。このセリフ、ちょっと早すぎる気がするんですよね。オスカル様もアンドレも、お互いにもう数秒、事態の衝撃に固まっていたと思うし、オスカル様の涙が出てくるまでも、これからされようとしている「事」の大きさを推し量るさらに数秒が必要な気がするんですよ。言葉が出てくるのは、ようやく、そのあとだと思う。
その点、ヅカ版のこのシーンの呼吸はすごくよかった。きちんと間が取ってあったし、女が次のアクション(涙を流す→言葉を発する)を起こすまでの時間が心の動きと連動して、納得出来るものだったから。監督が男性だから、という見方でアニメを斬るまいと思っていたけれど、この描写に関しては、やはり感じずにはいられなかった。
 
オスカルの涙を見て、自分がしてしまったことに気づくアンドレ。ブラウスがはらりと床に落ちて。
「すまなかった・・・もう二度とこんなことはしない。神にかけて誓う」
あー・・・神にかけてここで誓っちゃったから、このあと、アンドレはもうオスカルに何があっても手が出せなくなってしまうのですよ。
「20年間、俺はお前だけを見、お前だけを想ってきた。愛している、いや、愛してしまった、例えようもないほど深く・・・・」
あれー?こんなセリフあったっけ?ちゃんと「愛している」って告白しているんだ!!ブラビリの衝撃が大きすぎただけに、敢えて言葉で言ってるとは記憶にございませんでした。行為そのものが告白と一緒、というふうに勝手に頭の中でインプットしちゃっていたのかもしれないです。
 
今さらですが、ならば尚のこと、やったじゃん、アンドレ。だってもうあなた33歳でしょう?オスカル様に至っては32歳で処女喪失(未遂)騒ぎ。あんたたち、いい歳して何やってんの?こういう状況ってのはフツー、10年前にとっくに経験しているべきシュチュエーションだっつーの!!!!!
 
そんなわけでオスカル様、32歳にしてブロークンハート、近衛も辞め、人生初の衝撃事件&思っても見なかった人からの告白、とダブル、トリプルのパンチを受け、もう彼女のこころは今、究極のパニック状態!!次回からいよいよアニメ版ベルサイユのばら、後半戦へ入ります。