Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第24話アデュウわたしの青春 Adieu ma jeunesse

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英語版タイトルは「Adieu, my youth」です。1786年、オスカル様30歳。

この回はロザリーとの別れと、ジャンヌ討ちのお話。デュバリー夫人の最後にオスカル様が見せたお人柄がまたも偲ばれ、原作を超えて良くできたラストに仕上がりました。そしてこの回のラストは以前から私が予告しておりましたように、アニメ三銃士」ミレディの最後とそっくりなんです。この回の解説は、故に独自路線で突っ走りますことをお許しください。
 
ジャンヌ脱走。覆面の男の声、視聴者にはバレバレですが・・・オルレアン公。しょっぱなから似てます。アニメ三銃士」の鉄仮面とミレディみたい。
opあと、モンマルトルの丘、それに続く階段が描かれています。現在のパリ18区あたりでしょう。
ロザリー、もうかれこれジャルジェ家にお世話になって10年ほど。ピアノ弾いています。ーーーでた・・・そろそろあんた、ゆすりに来ると思ってたよ、ポリニャック夫人。ロザリーvs夫人の、湖畔での対峙のシーンは原作にはなし。
 
5分43秒、すっかりレギュラー化した吟遊詩人。あの足で階段はお辛いでしょう。街では『ジャンヌバロア回想録』が売れています。早速ゲットしたアンドレ。「男装の麗人、オスカル」がポリニャック夫人の次ですって??二番手扱いってどういうことですの??
ロザリー、いくら姉が書いたとはいえ、貴重な初版本をひったくってどこへ行く。「オスカル様にこんなことを・・・」とか言いながら、ビリビリに引き裂いて燃やしそうだ。一方オスカル様「私のことなどどうでも良い。問題はそれを信じ込む民衆の気持ちだ」と冷静。
 
7分45秒、サベルヌ修道院アルザス地方、ドイツに近い国境近くですから、パリからは相当の距離があります。
暖炉前でのこの二人。ニコラスが単純に「外国に逃亡」&印税生活ができると考えているのに対し、ジャンヌは現実的です。「くだらないことで大騒ぎするんじゃないよ」用済みの自分たちはどうなるかわからない、という、悪女ならではの勘もあったでしょうが、正直なところはもう「疲れちゃったな・・・あたし・・・」なんです。ウオッカ一気飲み。
 
9分11秒、討ちにいく、となった時のオスカル様。閉じたまつげがボリューミーです。
9分45秒、「J」からのロザリーへの手紙。指輪も返されました。自分は十分幸せだから、これはお前が持っていなさい、と。
ロザリー「うそよ、物心ついた時から、あたし、姉さんが心のそこから笑ったところ、見たことがないもの・・・」。ここで一つ目の考察ポイントです。《なぜジャンヌはこの手紙をロザリーに書いたのか?》=1)ロザリーへの感謝とお礼。自分の身がそれほど楽観視できないことをジャンヌはなんとなく感じている。故に「お前は生きなよ」というジャンヌの最後のメッセージ。加えて、2)サベルヌという居場所を教えることで、どこかで「早く捕まえて欲しい」願望があった。 ・・・というところでしょうか?
 
しつこくロザリーを落としにかかるポリニャック。嫌だ嫌だというものを無理やり側に置いてどうなります?「心は自由なのだ」(byオスカル様)と言ってやりたい。
11分52秒、「また」偽情報に引っ掛かった近衛隊。アンドレ「それにしても疲れがひどい、隊員たちも、俺もお前も・・・」
12分25秒、い、い色っぺーーー❤︎ 疲れ切って暖炉の前で、飲みかけのワイングラス片手に眠ってしまっているオスカル様。
きゃーーー❤︎見られたのがロザリーだったからいいようなものの、アンドレが来たら、どっ、どーなると思ってるのでしょう、オスカル様っ。こんな無防備なセクシー姿で・・・ああっ!(すいません、騒がせて下さい)
 
13分28秒、ジャンヌ回想録は全5巻だそうです。
13分58秒、「オスカル、驚くなよ、ロザリーが・・・」ポリニャック家へ行くそうです。「何も聞いてない、何も聞いてないぞ私は!!」階段の上から、オスカル様の声が響きます。「私が知らぬところで何があった?!」
しかしオスカル様・・・これ以上、本人が言いたくないことは聞かない。何かがあったに違いないが言うまいと決意しているロザリーにそれを聞くなど、酷なことだ。原作では大そうな肖像画をロザリーに渡しますが、アニメ版ではつけていたネックレスを外してそっと握らせてやります。このほうが自然だし、ずっと身につけていられる。
第一、のちにポリニャック家から出るときに、肖像画も一緒に抱えてくるの、大変じゃないですか。原作のロザリーは少なくともそうしたんだと思いますが。ポリニャック家にこんな大切なもの、残していけないですからね。余談ですが、オスカル様、肖像画のモデルになるのは嫌がっていたはずですが、原作ではその肖像画は軍服姿でしたし、ま、一度ぐらいは承諾したんでしょうね。いらぬお世話ですが、同じ屋敷に住んでいても平民かつ下僕のアンドレ、一生に一枚の肖像画も書いてもらうチャンスなんてなかったろうなーと思うと、ちょっと可哀想。
 
いい子だった、春風(暴風)のように・・・・と風去りしあとの余韻に浸る間も無く、ロザリーがオスカルに託したジャンヌの手紙。
オ「どんな気持ちで・・・しばらく考えさせてくれ」  ア「わかっている」 この二人の言葉にならない空気、揺れ具合、たまりません。
 
さて「さる有力な方」を通して密告があり、オスカル様、職務上出動を余儀なくされました。「命令」です。
どうせ捕らえられるのなら、せめてこの私が・・・と思ったからだ、というオスカルの胸の内アンドレも痛いほどわかります。
 
17分の崖っぷち上の「さる有力な方」(=オルレアン公)ですが、この崖って、オープニングでオスカルが風に吹かれ厳しい目で前方を見据えているあの崖に似ていません?
17分27秒、サベルヌ修道院についたときはもう闇夜です。到着しただけで疲労していると思いますが。オスカル隊長、拡声器なしで「お前は包囲されている!」・・・じゃなかった、出てきなさい、自首しなさいと通告。そうそう、修道院だけあって、この少し前にジャンヌが「あたし今夜はいい気持ちー」と飲んだくれていた背景のステンドグラス、綺麗でした。
ニコラスから近衛がきていることを知らされたアニメのジャンヌ、きっと彼女ならこう言うと思ってました。「がたがたするんじゃないよ、男のくせに」。たしか前も言ってた気がしますから。
 
19分。ここで二つ目の考察です。《なぜオスカルは一人で乗り込んだのか?》
銃声が聞こえたらそれは総攻撃の合図だとして、アンドレ含め他の隊員たちを待機させました。一斉に乗り込めば手取り早かったのに。それなりのリスクも背負ってオスカルがまず単身乗り込んだ気持ちとは。
入ってすぐ二人を見つけたオスカル様は、ジャンヌに着替える時間すら与えてやると言っています。手荒な真似をしたくなかった。どうあがいたって、ジャンヌたちが逃げられる訳がないこの状況において、せめて彼女にはプライドを持って、自分の意思で、顔を上げて出てきてほしかったのだと思います。そうする自由と権利を保証すること、それが自分の務めだとオスカル様は考えて行動したに違いありません。(でなければ誰がきて捕らえたって同じことでしたから)。オスカル様はせめて、他の誰でもなくこの自分がきた意味をもってして、ジャンヌを「保護」してあげたかったのだと思います。どんな悪女だろうと、どんな人間だろうと、人ひとりの尊厳は最後まで守られるべきであるという、デュバリーの最後にも見られたオスカル様の思考回路です。
 
暖炉の前でウオッカの瓶をコロコロ回しながらジャンヌ、動じた様子もなくただ一言。「この場所を教えたのはロザリーかい?」「ロザリーではない。断じて」(フランス語 jamais は「断じて」という強い否定を表す)。
「そうかい、良かった・・・まだ居たんだね・・・こんな私にだって一人ぐらい味方が・・・」
最初見たときはこのセリフを深読みしすぎて「手紙の存在をオスカルも知っているはずだ、だってあの子の恩人なのだから。&、間髪入れずに「断じて」といったのは知ってるからこそ。」だからジャンヌの指す「一人ぐらい味方」=本当はロザリーの手紙のことを知っているくせに、そうではないと「嘘の」を断言したオスカルのこと・・・かと思ってました。ところが二度目、三度目と見るうち、どうも、そこまで深読みしないほうがいいんじゃないか、ここは素直に「ロザリーじゃなくて良かった」(味方=ロザリー)でいいのではないか、と思うようになりました。ウオッカコロコロから一連のこのジャンヌの表情、口調を観察する限り、上記(深読み説)ほどまで瞬時に計算して出た言葉とは思えないのです。というより「誰が」知らせたかなんて、この期に及んでどうでもいい。大事なのは、ロザリーじゃなかった、最後まであの子は私を守ってくれたんだというその一点に安堵を感じたジャンヌの心の動きなわけで。やっぱりここは味方=ロザリーでいいんじゃないかと改めて思うわけです。
ニコラスに向かって「逃げたきゃ一人で逃げなよ。あたしゃもう、いいよ・・・なんかもう・・・飽きちゃったんだ・・・」
おおっ。なんかこのセリフ。聞き覚えがあるぞ。。。。そう、アニメ三銃士です。
確かミレディも最期の時に、同じシュチュエーションで、同じこというんですよね。「私はもう疲れたわ。逃げたきゃ一人で行って」みたいな。悪事に使うために飼い慣らしてた小動物(猿みたいなしっぽの長いやつ)も放ってやって「さ、お前もお行き」。で、マリア様の像の前に片膝ついて、両手を胸の前で合わせ、「神様・・・こんな私でもあなたの元に行けますでしょうか・・・」と祈りながら、弾薬が爆発するまでの時間を静かに過ごすーーーってとこで、そのペットが戻って来ちゃうんです。あっ、と立ち上がって二三歩歩いたところで大爆発ーーーダルタニャンは、城から駆け出し「爆発するぞー」と大声で仲間に知らせる。崩れゆく建物を見ながら、風の中「・・・・・・・・ミレディ・・・」と呟く・・・ってシーンだったと思います。(小学校5年生の時にリアルタイムで見たのですが、もうこのミレディの最期、身震いするほど印象深く、ビデオに撮って繰り返し何度も見ては飽きることなく感動してました)
 
ってハイ、話をアニばらに戻して(笑)20分、アンドレ、テレパシーを感じオスカルの元へ走ります。さすがだ。
ここからも思いっきり原作とは違った最期になっているんですよね。オスカル様を絞め殺そうとするニコラスを後ろから刺すのはジャンヌ。原作では、入ってきたアンドレに押されて、あくまで「間違って」オスカル様の代わりに旦那を刺しちゃった、という「事故」でした。その上本人も階段から「誤って」転落してしまう。でもアニメでは全く違う展開です。「およしよ、この女を殺したってどうにもならないじゃないか」と、ジャンヌは自分の意思で、アンドレが駆けつけるのを待つまでもなく、ニコラスを刺すのです。これはどう見ても、「オスカル様を助けた」行為。
彼女は、ここでのオスカルの言動に、何かしら、誠意のようなものを感じていたに違いない。加えてロザリーの恩人でもあり、牢獄に指輪まで届けてくれた人だ。それでなくとも、自分より弱く罪のないニコル・ド・オリバは殺せなかったジャンヌです。本来この人は、感受性が豊かで、ロザリーと同じ優しい心を隠し持っている。でもそれを表に出しては貧しさから抜け出ることはできなかった、だからたくましく、悪賢く、生きてきた。彼女の選んだ、悔いのない彼女自身の道でした。おそらくジャンヌはこのとき、デュバリー夫人も言っていた「子供の頃以来感じたことのなかった優しい気持ち」を感じていたはずです。そうさせたのはオスカルという人の不思議な魅力。ジャンヌもまた「あなたって、不思議な人ね・・」って心の中で言ってたんじゃないかと思います。
「それよりさ・・・あたしと一緒に死んでおくれ・・・」背にナイフの突き刺さった夫ニコラスを引きずっていきます。そこへアンドレが原作よりふた足遅れて到着。オスカル様はまだ動けません。が、「地下だ、、、死ぬ気だ」とかすれる声でアンドレに伝えます。アンドレは導線が燃える匂いから、弾薬が仕掛けられていることを悟り、オスカルをおんぶして脱出!「逃げろー、爆発するぞー」(byダルタニャン)とは叫んでいませんが。
 
些細なことですが、なんでここに弾薬があったのでしょう。
こじつけかもしれないですが、サベルヌに来る前、ジャンヌってサルペトリエール(Salpêtrière)の牢獄に入っていましたよね。今は13区の「サルペトリエール病院」となっていますが、もともとあそこは火薬工場でした。Salpêtrièreってフランス語で硝酸ナトリウムのことです。その後、パリ貧民の収容所ーーつまり、売春婦や、精神障害者責任能力を喪失してしまった犯罪者、などを入れておく牢獄になったという背景があります。そこにジャンヌも放り込まれていた。うーん、ジャンヌが持ってきたとは考えにくいのだけれど(だって修道院をあんなに派手に、丸々崩壊させちゃうほどの弾薬ってどんだけ??)でもってオルレアン公が持ち出して、有事の際に備えておいたともそれも考えづらいのだけれど・・・このサルペトリエールって線の可能性があるかないか気になっていたんですが、ちょっと厳しいかなーー。
 
二人のラストは、なんとも言えぬいい顔をしているんです、二人とも。本当に素敵な恋人たちのような。
「ごめんよ・・・ごめんよニコラス。あたしひとりじゃ寂しくって・・・」「いいよ・・・しかしおめえ、最高にいい女だったぜ」
ここで流れるのは「蛍のテーマ」です。くどいですが、私の勝手なネーミングです。37話、あの野外シーンで流れるあの曲が、まっ、まさかこの二人にも使われていたなんてーーーー。それも許せるほど、二人は今、もうなんの心配もしなくていい安楽の場所へともに旅立つ、人生で一番幸せな短いひとときだったのではないかと・・・アニメ版、ばんざいっ。よくここまで描ききってくれました。
 
オスカル様、炎を上げて崩れゆく修道院を背に、「・・・・ミレディ」じゃない「・・・・・ジャンヌ・・・・」とつぶやいていたかもしれません。しつこくてすみません。