Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第20話フェルゼン名残りの輪舞  Le bal d'adieu de Fersen

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英語版は「Fersen, a Ferewell Rondeau」です。

物語が折り返し地点を迎えたこの第20話、ロンド(3拍子)というよりカルテット(4重奏)ともいうべき、
主役格4人の、愛と怒涛の物語となっています。ここからはR-18指定です。もう誰にも止められない、ノンストップの怒涛の渦の中へ、4人が4人とももがき苦しむ回の第1回目です。
あー。この20話を見ずして38年間生きていた自分、そして世の人サマは、人生の意味を半減しているとしか思えません。
それほどこの20話は、語りどころの多い、身もだえの回なのです。
 
まずは出だし。まだ薄暗く、青さの残る朝もやの風景が、どこかもの悲しさを象徴させるように淡々と流れます。前回出崎監督になってから、こうした風景描写、風、雲、朝日、夕日、雨といったこのが、登場人物たちの心の状態を表すようになっています。そして演出の美しさに一層磨きがかかりました。アントワネットとフェルゼンの明け方の逢引、二人の目元部分にライトを当てています。
OPあと、フェルゼンが馬に乗り宮殿をあとにする姿ですが、バックの朝もやは一層青さに深みを増して、フェルゼンのえんじ色のケープが引き立ちます。彼の肩幅も一層広く、男らしい体つきとして描かれています。私はリアルタイム世代ではないのですが、放映当時、70年代後半です。これだけ美しく、哀愁に満ち、繊細な描写テクニックを使ったアニメが他にあったでしょうか?ほとんど「芸術」の域に達している。原作漫画と、動画との見せ方は同じストーリーであっても全く違います。
 
【ジャルジェ家でのシーン】
フェルゼンが向かったのはジャルジェ家。オスカル様と剣で一汗流します。オスカル様、なぜか薄紫色(リラの色?)っぽいブラウスをお召しになっています。フェルゼンに対して、ちょっと意識しちゃった、という女心の表れなんでしょうか?
いつもはアンドレとの語らいの場、ジャルジェ家サロンでも、オスカル様が椅子に座り、フェルゼンが窓の外を眺めています。
(そこは本来、オスカル様の指定立ち位置です)彼の肩幅はここでも広く、男の背中として描かれています。
 
二人の会話を、ちょっと離れた階段に腰掛け、リンゴをかじりながら聞いているアンドレ。この小道具、のちも使われるのですが、アンドレがリンゴをかじっている時というのは、彼の中で何か言いたいことがあっても、それを口に出さず飲み込んでいるサインです。フェルゼンに頼まれても、アンドレは安酒場へは付き合いません。住所ぐらいは教えてやったのだと思いますが。
 
4分27秒、サロンでは立ち位置交代です。椅子に腰掛けるのがアンドレ、窓辺に立ちすくむのがオスカル様。アンドレのセリフは声も低く、男らしく。「今日みたいなフェルゼン伯は初めてみた・・・何をしても辛そうで、かといって何かをしなければいられない。そんなに辛い恋になんでのめり込むんだ・・・。愛し愛されて何が辛い、打ち明けることすらできない恋だってこの世にはごまんとあるんだ」
男同士、同性としてフェルゼン伯を理解しようとするフェイントをかけつつ、後半はもちろん、アンドレ自身の気持ちの告白に他なりません。オスカル様、この言葉のあと間髪入れず「剣を取れアンドレ、裏庭だ」。優しい声の田島さんが、ここばかりは強く、きっぱりと、男らしい発音で言い切るのです。
 
勘のいいオスカル様、《この時点で、アンドレの気持ちに気がついていたのか》というアニばらきっての妄想どころです。皆さんはどうお感じになられているのでしょう。
個人的には、なんとなく、「なんとなく」なものをオスカル様は感じたのじゃないかと思います。それで、アンドレにそれ以上セリフを吐かせないために、また、自分の心をこれ以上悟られないために「剣を取れ」だったのだと思います。
あれ?裏庭に出たオスカル様、白シャツにお召替えになっていますが???フェルゼンのとき→薄紫色 アンドレ→白・・・??まずい、考え出すとドツボにはまりそうです。こっ、この際、ディティールには目をつぶりましょう。
「たまには手加減抜きだ・・」「そのつもりだ」それはアンドレの心の叫び。ーーーフェルゼンのことなんか忘れちまえ!!いや、お願いだ、忘れてほしい・・・具体的にこのセリフが語られたことで、視聴者はアンドレの苦悩をも分かち合うことになります。もう4角関係のドロドロ劇へ、ノンストップ・ジェットコースター状態で進行していきます。
 
ってまだ開始6分。つ、ついに初登場です。パリのセーヌ河畔の吟遊詩人。ああ・・・ついに出てきてしまったか・・・。
これまで前半、宮廷の華やかな中で物語は進行していましたが、この人の登場とともに舞台は民衆サイドへと転換されます。やがて沸き起こる革命への序曲が奏でられた、ということです。彼は「貧しい下層市民(民衆)の心の代弁者」として、後半、革命に至るまでの舞台進行係を務めます。エリザベートで言えば狂言回し役者のルイジ・ルキーニみたいなもの・・・って、あ、違いますね。例えが悪かったです。
 
【雨の中の密使】
昼食会のシーン。陰口の中、アントワネットとフェルゼンの二人の視線を繋ぐべく、スポットライトを当てています。
アントワネットの自室へ呼ばれたオスカル様。「あなただけが頼りなのです・・・」と顔を覆い泣きながら、アントワネットはオスカルに、フェルゼンへの伝言を頼みます。
このセリフ、あんた、以前ポリニャック夫人にも言ってなかったっけ??全く都合がいいったらありゃしない、と私なんかは思うわけですが、ここはオスカル様の心の痛みがあまりに大きすぎ、ツッコミは控えたいと存じます。
戻ってきたオスカル様に、アンドレはただならぬものを感じます。フェルゼン絡みであることは容易に想像がつく。オスカル様はアンドレに先に家に帰るよう指示しながら、自分は夕闇の中を一人、川岸に向けて疾走します。
 
10分14秒、「メインテーマ変奏E・シリアスバージョン avec夕陽」のシーンです。原作と全く逆の行動をオスカルに取らせた、見どころでもあります。
原作のオスカルは、アントワネットにまだこの段階でも「自分の立場をお忘れですか?!」と激情のままに進言し、アントワネットからは「お前に女のこころを求めるのは無理だったのでしょうか?」なんてセリフを吐かれてしまいます。
しかし、アニメオスカルは、進言できないのです。優しくアントワネットの顔を上げさせ、「どうしてこの私が断ることができましょう」というようなことを言ったと思います。
そしてこの川辺まできて、一人きりになって、夕陽ーーしかも黒い雨雲が次第に立ち込め、美しい夕陽を覆ってしまうーーをバックに、美しい横顔カットで、オスカル様が誰にも言えない胸の内を言葉にします。
「陛下、フランス国家の母として、王妃としてのお立場をお忘れでございますかーーー。
 オスカルごときにものを頼むのに、罪を犯された人のように顔を隠されて・・・」オスカルの涙が夕陽にも勝ってキラキラと輝きながら頬を流れ落ちます。声も震えていて、田島さん(←オスカル役)も音声吹き込みながら泣いているのではないかと思えるほどです。
「でも陛下、陛下にもお立場がありますーーーーー・・・・やめろ、オスカル。愛し愛される者たちに何をいう・・・・」
このセリフ、少し前のアンドレの「愛し愛されて何が辛い」のリピートですが、オスカル様の辛さは、そのカヤの外に自分はいるのだと実感すること。恋は盲目、愛し合う二人の前に、自分はただ第3者として立つことしか許されない・・・
今気づいたのですが「打ち明けることのできない恋だってこの世にはごまんとある」あればアンドレだけではなかった。このオスカル様自身のことでもあったわけです。
前話のなかで「それでいいのか、オスカル・・・?」と自問自答するシーンを通して、視聴者にはオスカル様のフェルゼンに対する気持ちはオスカル様が自覚するより一足早く、理解できています。ここでの涙は、決して公にできない胸の内を、オスカル様が一人ぐっとこらえ、ひとしきり河原で泣いて、気持ちを整理しようとしているのだと、充分に伝わります。
 
だいぶそうやって一人で泣いていたのでしょう。外はすっかり夜になり、さっきの嫌な雨雲が空一面を覆って、ざあざあと強い雨が降っています。オスカル様の心の中の模様でもあります。
 
フェルゼン邸を訪れ、雨の中、馬から降りることなく用件だけを伝えにきたという態度です。職務上の「近衛隊長」の顔でフェルゼンに接します。「そして陛下はこう言われた。《来週の舞踏会を楽しみにしています》とな」
これは、オスカルが勝手に付け加えたセリフなのだと思う。アントワネットの、まるで罪人のような、許しをこう懺悔の言葉だけではなくて、王妃らしい、毅然としたセリフをアントワネットのために、せめて付け加えてやりたかったのだと思う。
こうしてみると、原作でアントワネットに「女の心がわからない」呼ばわりされたオスカル様とは正反対で、
女の心そのものであるアニメオスカル様のご心痛に、私情を挟まず立派にお役目を果たされたその胸の内に、我々はもうただただ涙するばかりなのでございます。
 
この雨の中、密使を務めてくれたオスカルに、フェルゼン「まてオスカル、体を温めていけ!」と言います。
ーーーあー・・・大人になると、邪推といいますか、なんといいますか・・・王妃との逢引の予定がなくなり、「(体で)温められたかったのはフェルゼンのほう」ではないか・・・・???などという考えが頭をよぎってしまいます。
ザコンかつ母性愛に飢えているフェルゼン。辛い、自分が辛い。これまで幾度となく弱音をオスカルにだけはさらしてきました。そして雨の中、ずぶ濡れのオスカルを前に、フェルゼンの目に触れるのは、濡れたブロンドの髪、憂いを秘めた瞳。女の身でどうしてここまでーーと、一層その細さ、女らしさが際立って見えたに違いありません。そう、フェルゼンは男同志の友情と信頼から、すでにオスカルを「女」として、疲れはてた自らを癒してくれる存在として、求めているのです。さらにオスカル側も、フェルゼンに「女性視」されることによって、女度をぐんぐんアップさせている。お互い22歳、青春の真っ只中です。このときばかりは、フェルゼン、彼女を抱きたい、抱かれたい、この辛さを慰めて欲しい、と思ったとしても不思議ではないと思うんです。ああ、随分とフェルゼンに寛容な見解になっていますが。
 
そ、そして。まさかこの絶妙のタイミングで現れるとは・・・涙腺、崩壊直前でございます。
「オスカル!この雨は体に毒だぜ!!」馬を走らせながら、横に並び、深緑色のマントを羽織らせてやるアンドレ。
これは彼が今にも壊れそうなオスカルを「心で抱きしめてやった」描写です。そしてマントをかけられたオスカル様、何も言わずに、もしかしたらもう一回泣き出してしまいそうな、子犬みたいな目で、アンドレを見上げて・・・微笑んだーーーー(涙・涙・涙)
マジで涙腺崩壊、あとはラストまでナイアガラの滝でございます。
走る二人の後ろ姿の「止め絵」、胸をかきむしられる想いです。。。。まだ半分なのに(笑)
 
11分58秒、2度目の吟遊詩人の登場です。「バラの花を摘んでしまった男の苦しさーーーそれでも今日もセーヌは流れる」
この人の歌だけ集めたサントラCDが出たら、怖いもの見たさで買ってしまうような、買ったら最後、社会復帰できないような・・・。
 
【一週間後(ぐらい)の舞踏会の夕刻、フェルゼン邸】
お召し物は?「うん、まだ夕刻までは時間が有る。あとで決める」という男らしい低い口調。横顔が22歳とは思えないほど、凛々しく、大人びて、ぐっと色気を増しています。
アントワネットの笑顔の次に彼の脳裏に浮かぶのは、あの雨の中のオスカル。もうこれじゃ完全に女性ではないですか。
「オスカル・フランソワ。どう思う?わたしはこれからどうすればいい・・・??」
よくも悪くも、この北欧の貴公子、育ちがいいんですよね。確か国王に次ぐ陸軍の・・・とかってすごい家柄の長男坊ですし、異国での耐えきれない辛さの中にあって、オスカルという、心から信頼し、尊敬もできる友人(そして女性)に、母親のように甘えたい、癒されたいという男性心理がある。オスカルなら全て分かって飲み込んでくれる(=自分が絶対に否定されないという安心感)という理屈を超えた感情を持ってしまっています。これまでだって逐一オスカルに報告してきましたし、これからだって彼女に頼ろうとしている。オスカルにとってはこの上なくむごいことなのですが。
そこへ、元学友の戦死の知らせが届く。
ナレーションで語られるように、当時、イギリスからの独立を求めて、アメリカは戦争していたのですが、フランスはというと米国側に加わり、志願兵を募って遠征軍を送っていたのですね。ーーーという史実を、わたしはこのアニメで初めて知りました。
一応、高校世界史の教員免許を持っているんです(取っただけだけど)。その後わたしは全く別の職業につきましたが、もしわたしが世界史の授業やるとしたら、第1回から40回までは、毎回アニばらのビデオ見せて終わりだろーなー・・・。
 
【ジャルジェ家・馬屋のシーン】
ここは二人の幼い頃の思い出が詰まった場所であり、ここにいるときは上下関係も少し薄れます。あの頃の、少年同士に少しだけ戻って、二人が対等に言葉を交わせる屋敷内唯一のエクセプショナルスポット、という設定です。
「熱を出して寝込んでいることにしておく」というオスカル様ですが、実際、先週の雨は、細いからだには毒だったでしょう。
精神的にもだいぶ参っています。ほんとに37度5分ぐらいの微熱を出していたんじゃないでしょうか。で、からだが弱れば当然思考も更に弱気になり「仮病でサボります」的なことを、保健室のアンドレ先生に伝えに行きます。
ってか、アンドレに聞いて欲しかったんじゃないかなーーー。「大声を出すな、馬がびっくりする」とか言ってるオスカル様の後ろ姿、背中。彼女の内心なんざアンドレには丸見えです。
「大掛かりだからこそ、耐えられない!」とオスカル様、正直な胸のうちを、珍しく言葉にしてアンドレにぶつけています。アンドレだから、そしてこの馬屋だから、なせる技なのです。フェルゼンがオスカルに寄りかかるように、今オスカルはアンドレに寄りかかっている。
雨の中、彼女の行き先はフェルゼン邸だと一寸の疑いもなくまっすぐにその道を迎えに来てくれたアンドレです、オスカルは無意識的にアンドレに甘えようとしています。輪舞=ロンド(三拍子)は《アントワネット、フェルゼン、オスカル》のみならず、《フェルゼン、オスカル、アンドレ》の三角関係でもあるのです。ああ、この4人が織りなす複雑な人間模様、心の機微、、、ここまで「アニメ」は到達してしまいました。
「下品な視線を投げかけられ、陰口を言われるアントワネット様を見るのは忍びない」というオスカルに、
アンドレは大人なセリフで応じます。「だからさ。だからこそ、でなければいけないんじゃないのか?」アントワネットもフェルゼンもお前だけが頼りなのだと諭すのです。
オスカル、異様に素直です。「わたしはそんな役まわりなんかしたくない!!」と本音をぶっちゃけます。瞼を閉じたオスカル様、まつ毛が濃くなって、妙にセクシー。宝塚の男役さんが、目の表情を客席にしっかり伝えるため、つけまつげを二重にしているらしいですが、まさにそんな感じです。「下品な奴を切れというのか、陰口を叩く奴らの目を潰せというのか?」とつっかかりますが、アンドレ「そいつはいいや!!やってみようか」。一枚上手であります。今までも、ここぞというときに、オスカル様を精神的にリードしてきたアンドレ。
 
【舞踏会】
「オスカル、飛ばしてもいいか?少し遅れ気味だ」馬車を引くアンドレが中のオスカル様に尋ねますが、そのお顔はカーテンで覆い隠されていて、中の表情を伺いしることはできません。うまい演出だ。
その頃、舞踏会はすでに始まっておりまして、カクテルを飲むなかなか素敵な衣装のフェルゼン伯、「世の中に自分ほどの二枚目はいないということですかな」などと居合わせた公爵・貴族らに陰口を叩かれている有様。そうやって悪口を言ってのさばっているあんたらに比べれば、比較にならないほど二枚目で、貴公子ですよ。まあ、同性には恨まれるタイプみたいです。
 
アントワネットの今日のドレス、意外にもシンプルなピンクに近い赤ですが、胸の中央に、白バラが付いているんですよね。皆さんお気づきでしょうか。
 
さてオスカル様いよいよ馬車から降りられます。恭しく一礼をして迎えるアンドレ。「似合う、素晴らしい」
ファンの大方の意見は、この案はアンドレの入れ知恵、ということになっていますが、本当に彼の仕業でしょうか?
わたしはこればっかりは、オスカル様の独自案だと思っています。
だってほら、「やってみようか!」と言われた後、オスカル様、目をとじたまま「ふっ、ふ、ふ」と自虐めいた笑いをしますよね。
あのとき頭の中に瞬時にストーリを思いついて、「分かった、アンドレ。少し待っていろ、支度をする」とか言って、着替えをしたんじゃないでしょうか。そそのかしたのは確かにアンドレですが、具体案を絞り出したのはあくまでオスカル様ご自身だと私は考えています。
 
さてさて、オスカル様の礼装姿!!原作のようにここでロザリーを登場させたりして、視点をややこしくなかったのがアタリです。
このオトナの三角関係(ロンド)に、視聴者の気持ちを集中させることに成功しています。
「どういう風のふきまわしで?」というアントワネットへのオスカル様の返答・・・
「恐れながら、風は西からも、東からも吹きそよぐものでございます」ーーーうおおおおお。。。。
これはアニメ完全オリジナル台詞大賞のトップ10入り確実です。
お相手は男の方?女の方?というアントワネットに「お望みのままでございます」と手を取るオスカル。
「ただし、今宵のお相手は私ひとりに。」アントワネットもオスカルの真意に気づきます。成長したなあ、アントワネット。
人々の視線をただひたすらに二人に引きつけたまま、オスカルは朝までアントワネット様をお守りしたのでしょう。
フェルゼンはそんなオスカルにそっと乾杯・・・。
 
18分56秒。とっくに先に帰っていたと思っていたフェルゼンが、道の途中でオスカルの馬車を待っています。
「ありがとうオスカル、すんでのところであの方を途方もないスキャンダルに巻き込んでしまうところだった」
フェルゼンは素直に、自分の思慮のなさを認め、男らしく、オスカルに礼をいうのです。
19分過ぎから始まる名曲「優しさの贈り物」何度、何度、泣かせてくれるのでしょう。
愛する人の立場をもっと考えるべきであった、あの方を悲しませてしまった、深く、例えようもなく深く・・・」
朝日が昇ってきます。そしてフェルゼンにできるただ一つのことは「あえて、あの方に対して卑怯者になることだ」
「オスカル、私はすまないが逃げるぞ」という、朝の光を見つめるフェルゼンの顔、どこか清々しく、吹っ切れた様子。もう決意は昨夜のうちに固まっていたのでしょう。遠く、遠く、数千マイルの彼方へーーー「アントワネット様のこと、たのむ」とだけ言い残し、「フェルゼン、何処へ!?」と追いかけるオスカルを振り切ります。その一部始終を・・・アンドレはずっと馬車の横で見守っていたのだと思います。
20分45秒でまず1回目の曲の盛り上がり、サビが来るのですが、そのシーンは揃った軍隊行進の足並み。
 
【再びジャルジジェ家】
アンドレ「・・・・アメリカか・・・」ジャルジェ家のサロン、オスカル様はいつものように窓の外を眺め、アンドレは茶をすすっています。「・・・思い切ったな、フェルゼンも・・・。(間)・・・送りに行かなくてもいいのかーーー遠征軍の出発は、今日だぞ」オスカル様はそれには答えず、Théを一口。原作では、オスカル様たちは本人に告げられるより先にフェルゼンが志願書に署名したことを知って憤ります。出発するフェルゼンに向かってオスカル様の「愛した人のために、男がなしうるこれほどに気高い行為を私は知らない、立派だ、フェルゼン」というモノグローグが描かれるのですが、アニメでは異なる心理描写と設定になっています。
 
ラファイエット候の副官として、ブレストの港より出発の予定でございますーーーと知らされるアントワネット。
やはりフェルゼンクラスともなれば、それなりの地位が用意されているのですね。
 
23分、曲は2回目のサビを迎えます。場面は再びジャルジェ家の二人の語らいの続き。
アンドレはカップを皿に置き、何も言わないオスカル様の背中を見つめています。その表情が。。。ううっ(涙)
オスカル様の壊れそうな、ガラスみたいな心がにじみ出ている、細い後ろ姿。ここではアンドレの肩幅がぐっと広くとられているだけに、一層オスカル様が切なく、小さく、女らしく見えるのです・・・。
12話での決闘の前夜のように「ひとりでいたいらしいな」なんて野暮なセリフは吐きません。二人は成長しました。
「・・・いけない、今日は馬の蹄鉄をかえてやる日だ」といって立ち上がるアンドレ。オスカル様をもう一度、ちらりと見てから、画面左側に去って行きます。アンドレ、オスカルにそっと、フェルゼンとの別れと悲しみを整理する一人きりの時間を与えてやるのです。。。
 
ひとりになったオスカル様、ついぞ涙が頬を伝います。
「・・・・死ぬな、フェルゼン」
曲の最高の盛り上がりとともに、荘厳な締めとなるラスト、オスカル様のうつむく横顔です・・・
 
ごっ、号泣ーーー。素晴らしい完成度です、20話。私ごとですが、実生活では独身で子供もおりませんが、もし小学校5年生から中学2年生ぐらいの娘がいて、この20話を見た後に「お、おかーさん!フェルゼンが行っちゃって・・・オスカル様が涙をこらえて、死ぬなフェルゼンなんてつぶやいてる・・アンドレだってどんなに辛かろうに・・・ううっ」とか言って、学校をサボるとか言い出してもゆるします。思う存分、部屋で、オスカル様を想って涙が枯れるまでお泣きなさい。絶対に私は叱りません。