Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第16話母、その人の名は…? Mère, quel est ton nom ?

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英語版は「Mother, her name is.......?」です。

このあたりのお話はまだ革命とも関係ありませんし、特に物語を「前後半」に分けた場合、前半の宮廷内での騒動のうちの一コマです。
さくさく行きましょー。
 
はい、出だしから「こっ、この曲は!」の驚きです。これは物語いよいよ終盤の38話、オスカルが衛兵隊を率いてパリ出動する7月13日の朝のテーマソング。兵士たちが並ぶ銃を次々と手に取り、駆け出していくあの模様が、この曲とともに最も印象的なシーンの一つとして刻まれています。ゆえに私はずっと「出陣のテーマ」と呼んでいたのですが。(正式には、サウンドトラックで「麗しき人」というタイトルがついております)
この出陣のテーマをバックに、今話冒頭で繰り広げられているのは前回引き取った春風、もとい暴風ロザリーちゃんの剣のお稽古。
原作では一生懸命なロザリーちゃんをつんつく突っついてけらけらあざ笑っている感がよく出ていたのです。多分私の脳内セリフ回しも、もっとぶっきらぼうでおちょくるようなもう少し早口。でもあくまでアニメの田島オスカルは、口調のペースを変えることなく、ひっじょうにゆっくりと、一言一言を落ち着いて発音します。年下の、姉と妹ほども差のある小娘相手に、そこまで真面目一本やりに教えなくても、と思うぐらい、アニメオスカルは誠実な眼差しを向けます。
原作漫画を読んでいた時は深く考えなかったのですが、ロザリーを引き取ったことは、ある意味オスカルの自己満でもあるのかもしれない。
体を売ろうとしていた幼い町の娘、幸せになってくれているとよいが・・などと言っていたのが、再び神の巡り合わせで、再会したそのことを意義を、オスカルは自分にも問うていたのではないかと思います。考えてみればすごい構図です。敵(貴族)を打ちたいという娘を手助けするのもまた貴族(敵側の人間)なのですから、このあたり、なかなかお子様相手のドラマとは思えません。そしてアラスの領地でも感じてきたように、平民の貧しさ、貴族という身分制度に言葉にならない疑問を抱き始めているオスカル、せめて、せめてその答えの出ない問いのはけ口として、弱き者を守り愛する、というシュチュエーションを自ら欲したのだと思います。
 
opあと。オスカルのそんな心の推移がわかってか、それともさすがのアンドレを持ってしてもわかりかねるところがあったのか、
馬に乗りながら、アンドレはオスカルに、お前のしていることの責任の大きさを自覚しているのか、と問います。(セリフ上は、ほんとうにロザリーの母親を見つけ出せると思っているのか?ダメだった時のロザリーの失望は大きいぞ、というような表現だったと思います)
こうしたあたり、ほんとうにアンドレって、大人というか、理性的な、しっかりしたものの見方のできる人間なんだなと思います。
ちょっとフライング気味の総括になりますが、まあオスカルとアンドレはそれぞれ理性と感情、右脳と左脳、男と女、まさに光と影、二人で一つなんだな、という役割を担っている印象です。
それが「当たり前」でなくなる日も近いのですが・・・。
 
ロザリーがオスカルの部屋で軍服を抱きしめて踊るシーンはさすがに見ている方が恥ずかしくなってしまいます。
原作オスカル様は血相を変えて「私の部屋で何をしているっ!」と怒鳴るのですが、アニメオスカル様、極めて冷静に、「何をしている、わたしの部屋で。」と顔色ひとつ変えずに、いつもの淡々とした口調です。
今はこの子の保護者兼教育者でもあり、ただ手放しで可愛がることはできないという自制心があります。いずれこの子にも物事の良し悪しを教えてやらねばならない、今はその怒りをクールダウンさせるための時間稼ぎにしかすぎないという達観した思いが、オスカル様のことですからきっとあるはずです。
ちなみに「あたし」ではない、「わたし」と言え。は、どう訳すんだ?と思っていたところ、
英語版もフランス語版も、「俗語→(正しい)丁寧語」で見事な変換をしています。
英語版は「ain't→haven't」仏語版は「je sais que→je ne sais pas」、うまいこと置き換えましたね。
 
7分40秒。忘れていた、この悪女、ジャンヌ。ますます健在だったのねーーー。
 
オスカル様、アンドレに見守られながらのロザリー舞踏会デビュー。
「ときどき驚くほど高貴な表情をする」と、オスカル様の眼力は確かでこざいます。
シャルロット嬢との喧嘩もあります。その後、ジャンヌとロザリー、鉢合わせ。うまくできているもんです。
ジャンヌよりもロザリーちゃんのほうがいい服を着ていたのですね。まあジャルジェ家ですからねえ。
 
ジャルジェ家で、この舞踏会の顛末を怒るわけでもなく、「お前はよくやったよ。きっぱり貴族の娘ですといったのだから」と、良い面を褒め、労をねぎらってやるオスカル様。優しい、優しすぎます。「寒いのか、ロザリー。あとはいい、自分でやる」の言葉も、オスカル、まるでマリア様みたいに聞こえます。
そして何十年後かに、、、、ロザリーは「あの方」の御髪を整える役を買って出るわけですが・・・そのとき、おそらく
遠き昔に、ジャルジェ家で、大好きなオスカル様の髪を梳いた思い出が、切なくよみがえったのではないでしょうか。
 
アンドレもオスカルの代わりに、ロザリーの剣の相手を務めます。お屋敷の中ですか・・・。
オスカルのしたことが将来どのような形になるかわからないながらも、それでも、このロザリーという、ひたむきで、かつ「母の仇」と言えば根性むき出しにするまだ幼い少女を、アンドレはアンドレなりに誠意をつくして接したのだと思います。