Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

アニばら第11話フェルゼン北国へ去るFersen retourne dans les pays du Nord

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英語版は「Fersen departs for the North land」英語だと「出発した」フランス語だと「戻った(帰った)」と異なる動詞の表現になっているのが面白いですね。

1775年、オスカル様19歳です。
 
この回のファン的ツボはオスカル昇進に当たって、軍服が一層華やかになったことと、フェルゼンの声が変わって(なんと今までの回は代役の人だったそうな)ぴったしカンカンの「これぞフェルゼン」って声になったことです。
妙に若返ってる???
 
開始10秒で早くも注目。そう、みなさんお気付きですね。この当時はまだ、フランス国旗は今のトリコロール(三色旗)ではないんです。たしかそうなったのは革命のちだから、こんな細部にわたってまで、時代考証をされた専門の皆様に敬意を表したいです。
 
わがままアントワネットちゃんの脳内お花畑からopに入ります。精神年齢11歳ぐらいだと思いますけど。
夕日をバックにオスカル&アンドレが剣の稽古をしている中(そういえばほんとにアンドレ腕が上がっているっぽいな)
オスカル昇進(近衛連隊長)という知らせが届きます。ジャルジェパパ、嬉しそう。一気に「大佐」に昇進だ、と言っておられますが、
この間に飛び級をしたってことですかね。
 
早速アントワネット様の元へ御礼のご挨拶に向かうオスカル。近衛隊長の給料は年俸制だったのね。のちに衛兵隊が給料日だーとかいって騒いでいましたが、彼らは月給制なのでしょうか。そしてオスカルのような貴族には年金まで支給されていたとは。
給料倍の取り計らいを辞退し「アントワネット様がご立派な王后陛下になられること、それだけでございます」なんて、
なんとまあ謙譲な・・・。
6分30秒、メインテーマとともに、赤い近衛連隊長の軍服に着替えたオスカル様の初披露。第1話、白の軍服を身につけ、同じくメインテーマをバックにご降臨されました若き日のオスカル様を思い出し、目頭が熱くなったのはばあやだけではないでしょう。
あの時は14歳でしたから、それから5年の月日が流れているわけです。一段とお美しく、凛々しくおなりです。
大興奮のばあやを前に、宮廷からの贈り物を断るオスカル様。
「ばあや、それがアントワネット様のためなんだよ」というセリフ、「ためなんだよ」の所が、まるで愛しいもの、慈しむものへ向けて、優しく諭すような・・・ほんとうに女性らしいお声のトーンなのでございます・・・(涙)
最も、別の言い方をすれば「これが私の常識だ、覚えておいてもらおう」(のちの回、ジャンヌからの賄賂を断る時のセリフ)ということにもなりましょうが・・・。
窓の外は夜。お生れになった日と同じように激しく雨が降り出し、落雷が轟いておりますのを、オスカル様はじっと見つめていらっしゃいます。
 
でたドゲメネ。人望はないものの、公爵だけあってデンマーク大使など一流の「人脈」は持っているらしい。
あんたが通れるだけの通路はあいているわよっ。「どけ」メネ・・・。
そして一般の謁見を放り出してアントワネットがあっているというのがフェルゼン。オスカル様、ここでフェルゼンに忠告に行くことをきめたものと思われます。
 
13分、新生フェルゼン登場。これまでと変わって、若く、知性の感じられるいい声になりました。
これならオスカル様がひかれたとしても多めにみてやろうというそこそこの許容範囲です。
15分、オスカル様、フェルゼンのお屋敷を訪ねます。オスカル様、業務中とあって単刀直入に本題を切り出します。
「お前に忠告があってきた」(お前呼ばわりですね)
ーー見当がついているなら、話しやすい。フェルゼン伯、今すぐ国に帰られよ」
お前の身にどんな危険が降りかかるかもしれん・・・アントワネットのみならず、フェルゼンの身の危険をも考えた上での最善の忠告なのです。
それがフェルゼンにもわかっています。だから確かに話が早い。いずれはそうしなければと思っていたというし、
その夜のうちに、帰国の途についています。オスカル様は「アントワネット様のため、ひいては我がフランスのためなのだ、許してくれフェルゼン」とお馬車の中で言っていますが、フェルゼンだってオスカル様の立場、わかっているのです。恨むどころか、フランスにこのように自分の身を案じてくれる優秀な友を持ったことを、彼は誇りにすら感じてくれているのではないでしょうか。
 
「おまえ、寂しくないのか?女の身でそのような格好をして、女としての幸せも知らずに青春を送るのか?」
メインテーマ(ここでは劇的バージョンではなく、せつないバージョンのほう)がバックに流れつつ、オスカル様は「生まれた時から男として育てられてきた、不自然だと思ったこともないし、今のままで幸せだと思っている」と、微動だにせず、優等生の模範解答。
軍服をつけてから夢中で走ってこられたオスカル様、立ち止まって考える暇なんかなかったと思います。精一杯、目の前の職務に忠実であり続けた・・・今更、そんな質問されたって、平気でかわせるのです。
 
がしかし。この後、フェルゼンと再会するまでには4年の空白があります。その4年間で、彼のこの言葉はどこか胸に突き刺さり、
考えなくても良いことを考え、幾度、フェルゼンの声を反芻したかわかりません。
彼女の中でフェルゼンを「男」として意識するきっかけとも無縁ではないように思います。
 
精一杯、先頭を走っているオスカルには、こうやって声をかけてくれる人なんていなかったのです。
男の仮面のしたの「女」の気持ちはどうなるのだ?なんて慮ってくれる人に、初めて出会ったのではないでしょうか???
ばあやの愛情って、いわば肉親的な、「お嬢様」として可愛がってくれるというまた別の種類のものでしょうし、
両親、周囲には自分が「立派な男」として生きること=自らの存在を認められること、という構図の中で、
ましてやアンドレやジェロにだって、女の部分なんて見せていないと思います。たしかに、それで当然と本人も、周囲も、
思っていたふしもあります。
だからこそ、不躾なまでにがつんと言えちゃったのは、しがらみのないフェルゼンしかいなかったわけです。
唯一、自分と対等に渡り合えるだろうと思った男。
フェルゼンにかけられた言葉は、この時よりも、歳月をへるたび彼女の中で重みを増していったのではないでしょうか。
そして幾度と反芻する中で、「フェルゼンという虚像」の恋に恋していくことになるんじゃないでしょうか・・・。
このテーマは、また4年後まで取っておくことにいたしましょう。
 
帰り道。パリの(フェルゼンのお屋敷はパリなんだ!)道端、ここで会ったが100年目。「ミスター人間のくず」ドゲメネ公爵です。
貧しいピエール坊やが公爵の馬車から盗みを働こうとし、ロザリーが必死に謝っています。
許したと見せかけて背中から一発。
オスカル様、モーレツに逆上し、ブチ切れまくって暴れています。必死で止めるアンドレ。彼のほうが力では強いようです。
「おまえ一人の力でどうなるものじゃない!」現実を冷静に判断した、大人な、常識的な判断を下します。
弟オスカル様が感情に駆られた時は、兄アンドレはいわば理性を司る左脳の部分。
二人は一緒にいることで、バランスのとれたひとりの人間であるみたいな感じです。
 
権力と地位だけを振りかざして中身は腐った輩ども…公爵ゆえに歯が立たないし、どうしようもない。煮え繰り返る想いがオスカル様の涙となってポロポロとこぼれ落ちます。どうにもならない悔しさ、悲しさ、拳を壁にぶつけて耐えるよりほかありません。
椅子に座ってそんなオスカルを見守るアンドレの姿が一瞬見えます。お前の気がこうして当たって泣いて済むのなら…一晩中だって付き合うぞ。嗚咽するオスカルの姿を、そんな風に思いながら、黙っていつまでも見守っていたのだと思います。
「こんな・・・こんなむごいことがゆるされていいのか? な・・・何が貴族だ、なにが公爵だ・・・・くっ・・・・」
うおおおおおおお・・・田島さん、この泣きっぷり、台詞回し・・・
オスカルの言葉にならない怒りとやるせなさが見事に・・・うおおおおお・・・田島さん、あなたも神の域に昇格です・・・。