Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

2月のある晴れた日曜 ダンス雑感

 今朝は晴れて太陽の光さえ差し込む、2月も下旬に差し掛かった日曜。先週、日曜朝クラスをサボってしまった自己嫌悪と猛反省から今日は雹が降っても行くぞと硬く決心してたのに、なんか出足をくじかれた気分。こんなにお出かけ日和なら、逆にどんなコンディション悪くても、行くっきゃないじゃないの・・・(部屋に鬱々とこもっているなんて耐えられそうにない)

 行ったらいつもと違うファンメンバーがいて、私は一歩引いてしまったから不完全燃焼。本当に「ダンスレッスンでのルール」を知らない人たちが多すぎて、例えば鏡の前に荷物を置かないとか、途中でポジションを移動しないとか、踊っているときに人の前にかぶらない、とか。そういう空気というか常識の読めない(知らない)人ばかりで疲れる。何も日本式を持ち込んでいるのではない、nyだろうがロンドンだろうが、できる人間たちのスタジオや空間というのは、互いの気遣いで満ちていて、逆にそれができない人は三流以下とみなされる。みんなが気持ちよくレッスンに集中できるよう、自分のことだけ考えてるように見えるアメリカ人とかのほうがよっぽど合理的でアタマよく「人への気遣い」がさらりとあったり前みたいに身についている。なんというか・・・国とか人種とか超えて人レベルの問題。

 教師もレッスン中、だらだら個人的なハナシで一人の子とおしゃべりばっかして何とかレッスン時間を消費しようとするの、やめてほしいわ。ぜんぜん本気が見えない。「フランス人だから」じゃなくて、これは個人の資質の問題だと思う。フランス人でも超真面目で寡黙な修行僧のような先生から、踊るもんは多少世間に評価されてても頭空っぽの先生までいるわけだから。どこにいたって同じだ。

 昨日のレッスンで何を言っていたのかよく理解できなかったのが悲しい。できない奴は(パリ市内に幾つかある)ダンススタジオで腕を磨いてこい、と怒ったのか、それとも自分の踊りを追及したいならダンススタジオへ行ってくれ、僕はそういうクラスじゃないから、と言ってたのか。両者には天と地、カラマーゾフ兄弟とボヴァリー夫人ぐらいの差があると思わないか?まったく逆のこといってるんだから。前者ならたらたら「自分だけ気持ちいいい」連中に向けられたものだし、後者なら、今月は前列で必死にひとり気を吐いていた私に対してだろうな、と想像はつく。もう僕のところ居てもらっても困るから、と。ここは仲良しサークルなんだから、といわれているようで。

 この時間になってもまだ昨日のビデオも届かず、なんかいい加減な先生だなあ、とつくづく。生徒の中にも私に親しみを寄せて色々話しかけてくれる人が居るのだが、根本的に「自分見てみて」系というか、まったく違う事実を自分の世界だけで都合よく解釈して悦に浸っているのでビックリ仰天した。なんというか、それ以外のいわゆる世間一般的な(別に特殊なものでなくていいから)見方があるんだ、とか相手は自分よりも今話している話題について詳しいかもしれない、(あるいはプロかも知れない)という「可能性」をイマジネーションできない人たち。確かフランスだかどこだか「魚屋に魚のさばき方を教えるな」みたいなことわざなかったっけなあ??自分より熟達している者や年長者に対して、かじった知識で説教することの恥ずかしさとか、おろかさなんて、彼らは考えたこともないんだろう。

 口内炎がひどすぎる。ビデオを待ちながら勉強したり、小説を読んだりしてみたものの、一向にこの時刻になっても届かずイライラからか、一時間ほど前から胃がねじれるみたいに痛い。そうなる前に、ここ2週間ぐらいちょこちょこ読み続けていた長編を終わってしまった。途中がだらだらしすぎで、ま、ラストはそれなりに納得がいったのだけれど。

 まともな長編小説をじっくりと味わいたい。とにかく今は胃が痛くて、これ以上座っていられないかも。もう寝るか。もう少し吐き出したい気もするけれど。