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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

カーペンターズみたいな夕暮れ 2月11日jeudi 雑感 

 今日はまったくもって、どぶに捨てたような一日だった。365日あれば、一日、いや三日、いや三十日ぐらいはそんな日があるではないか。落ち込むな、よくあることだ。

 まず午前に行った語学学校での課外活動、パリの美術館見学が最悪。オルセーとルーブル以外に何見るものがあるよ、このパリで。『一流』に触れないと駄目だ。『一流』はたぶん一生かけたって後悔しない、それに値するから『一流』なんであって、私みたいな素人鑑賞者は100回いったって足りないぐらいなんだから。逆に言えば、そんな『一流』の街にいながら、あえて『四流』を見に行く必要なんて一ミリもないわけじゃないですか。しかもいい年して団体行動・・・ハタチそこらの若者と。特別にレクチャーがあるわけでもなく、しかも入場無料の歴史博物館なんて行くだけ時間の無駄だった。これなら個人でさっさと行って、だらだらグループ待ってないでぱっと見たいトコだけじっくり見て帰ってきちゃうほうがよかったし(実際そうしたくせに・・・)家で動詞の活用2時間やってたほうが300倍ましだったよ!!くそー。

 気を取り直して。午後は2つ面接。(懲りない人)しかし一つ目はパリ史上3本の指に入る『最悪』さだった。相手は日本人だったんだけれど、久しぶりに殺意を覚えたわ。あんたが面接する立場かも知れないけれど、自分もお店も「見られてる」ってこと、覚えてたほうがいいと思うよ。やっぱり業界でちょっと名が売れてくると、人ってああいう風になっちゃうんだなぁ。。。というのを、まざまざと目にした。フランス人とあーだこーだ文化の違いだといってすれ違ってるなら、まだ意味のある戦いだけれど、「コチラ」に染まりきっちゃったと思って他人を見下しているヘンテコ邦人を相手にすることほど、私にとって無意味なことはない。(と同時に無性にその人が、悲しくもあった)ここまで約30秒で勝負有り、だったな。

 しかし神様は、へこんだらそれを埋め合わせるだけの何かを一応は与えてくれるみたい。次の面接では、採用はほぼ不可能と分かったけれど(語学学校との兼ね合いで)不思議と相手に誠意を感じさせるトップの方で、短い時間だったけれども、ああ、このような人がじぶんを選んで呼んでくれたのだ、貴重な時間のうちの30分を私との話し合いに割いてくれたんだ、と素直に感謝してしまった。というか、そういう気持ちが自然にわいてしまう面談だったのだ。これは、ひたすらに面接を受け続けて(=敗退し続けて)逆にこちらが「パリの相手」を面接するぐらいの勢いで毎回出かけてくもんだから、そんなかなしー実績を積んでしまった当方としては、ひっじょーに珍しいケースだったといわざるを得ない。相手が「面接の何たるか」を心得ているのではなく「相手が人であることの何たるか」を心得ていて、最初の5分でお互いに9割がた印象決定してしまうような、ぎゅっと凝縮した時間。これなら不採用でも文句なし。そういえば昔の上司にちょっと似てたな。頭の回転の速いのに速いと見せかけず、とても真摯に年下の者に接してくれる、立場のある人、というスタンス。責任ある人になればなるほど、そういうものなのだろう。私もそういう気持ちで、自分より若い人や、パリで困っている人に接して、今日の感謝を別の誰かにつないでいかなくちゃ、と思えた。ははっ、ただの自己満足かも知れないけど。

 身体の声がちゃんと聴く事のできるじぶんは、わりと好きだ。涙の後にはちゃんと立ち上がらせてくれる何かがやってくる。それも動けばこそ、動いたからこそなんだけど。

 帰りに本屋で本を一冊買ってきた。どうしようもなく、今読んでる長編とは別の、短い小説集、的なものが読みたかった。出来ればNYの。フィーリングにあったものをぱっと手に入れて、あとがきを読みながら帰ってきた。

 17時をすぎて、まだ明るい。2月も半ばに差し掛かったんだな、と思う。おっきい太陽が、小学生が描く絵みたいに、枯れた木々の向こうに落ちていくところだった。『カーペンターズみたいな夕日だな』と思った。

 これは正しくない日本語だ。正確には「《カーペンターズ》が歌う『イエスタデイ・ワンス・モア』みたいな」である。その昔、制服の頃。夕方、課外活動を終えて放課後と呼ばれる時間もまた「終了」の通告合図に、校内にこの曲が流れた。どういうわけか、それは夏でも春でもなく、決まって2月の終わりの、ちょっと日が長くなってきた冬の終わりの教室を思い起こさせる。あの頃は、色んなやりたいことがあった。いろんな人生があった。受験勉強の振りしては、図書館で本ばかり読み、明け方まで書き、自信の「未来」を疑いもなく信じてた。

 あれから20年。まだ「放課後」の途上であり続けてるだなんて、思っても見なかった。長い長いトンネルを、お前はまだこの先一人きり手探りで歩き続けていなきゃいけないんだよ、なんて、もしどこでもドアがあったら、あのおさげの自分に教えてやりたいかどうか?分からない。

 一つだけ言えること。二度と、あの夕日の教室で、カーペンターズを聴く事はない、これだけは確実だ。夕日を見るたびまだ思い出せるほんの少しの胸の痛みを、いつまで覚えていられるのだろう。