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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

we defferent and same ――みんな違う、だから同じ

 ダンスのアップの時に使う『Rather be』の曲の歌詞の中に、プリコーラスあたりで「we defferent and same」という部分があって、ここを聴くといつもぐっと来てしまう。「私たちは違う、だから同じ」、だから一緒に居られるんだ、ずっと側にいられるんだよ、という歌詞。ほんとうにあなたが大好きで、あなたがいる場所、他には何も要らない、というポジティブソング。

 フランス、パリ。「あなた」の居ない中で、私はどうやってこの暗い季節を乗り切って行けるのだろう。「ここではない何処か」を一生探し求める旅から、一つ終止符を打って、「ここ以外私の居場所はない」と言い切れるんだろう。それがほんとうの大人なのだけれど。

 老いて旅をするのは賢明ではない。若いうちに世界を見て、歳を取ったら一か所に居を定めて、そこから周囲をみれば、ほとんどの物事がわかる。

 NYに生きる人間のインタビューなどを読んでいると、ほんとうに一度は住まなくては分からない街なのだと思い知らされる。と同時にアメリカは「横広がり」の文化、フランスなど欧州の歴史に支えられた「縦広がり」の文化との、次元の違いをも感じさせる。二十歳でNYに行った時は「ああ、こんなビルの街私は住めない。二度と来ない。好きじゃない」って思ったけれど。今行けば何かが違うのだろうか。それとももうtrop tard (遅すぎた?)

 フランスを離れられるか、ということについて考えてみた。昨夜は寒くて寒くて夜中殆ど眠れなかった。あまりに寒くて仕方ないので、こっそりシャワーを浴びに行って身体を温めたほど。ベッドの中で毛布にくるまり、身体を丸めて足をこすってもこすっても、まったく温まる様子が無かった。今朝は晴れている。気温はぐっと下がっている。東京の一月ぐらいかなあ。部屋の中でマフラーとコートを着込んでこれをかいている。

 フランス文化って「違う」モノ同士の対話性にあるのかも知れないとふと考えた。保守と革新、インテリと庶民、幹部(管理する側)と下級(される側)、右岸と左岸。白と黒、そこからグレーの層を巡っての対話と衝突が繰り返されることが、フランスの全てにおける「非効率主義」を生み出し、「だって私のせいじゃないもん(je ne sait pas)」が基本の社会となる。

 パリはいつも生まれ変わる街だと住んでいる人はいうかもしれないが、そんなのアメリカに比べたら恥ずかしくて口に出来ない。NYなんて街自体が革新じゃないか。それに比べたらパリなんてずっと伝統的で閉鎖的で、人々は冷酷だ。これから冬に向かう重苦しい灰色の雲の立ち込めるパリの空の下、年月だけは刻んでいる古い建物が冷え冷えと行く人を拒絶する。骨の髄から沁み渡ってくる「寒さ」。国籍も分からぬ浮浪者がいる風景が日常で、人々は無関心かつ勝手気まま。誰も国の将来を憂いたりなどしない。そういうパリ。そういう文化。

 私はきっと知っていた。自分に日本を出なければならない理由。そういう異国の社会の中で、匿名性で生きてみたいのだと。あがいて、もがいて、人生ぎりぎりのところまで「生きて」みたいのだと。

――いやぁ、まじ、ぎりぎり生活なんてもう充分だけど(笑)一銭でも稼がないと明日が無い・・・。