Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

理想化していないだろうか

 昨日から身体がまったく動かない。ひどい疲労感。昨日は起き上がることもできなかった。ベッドでうずくまり、ひたすらこの激疲労に耐える。殆ど水も飲めないような状況から、なんとか這いあがって、ミネラルウォーターを飲んでみる。

 ダンスの一時間までまで寝ていた。意識不明に近い状態で金曜夜、踊った。木曜の2時間半の疲れが思いっきり来た。帰るなりベッドに倒れ込む。一晩寝ればマシになるかと思ったけれど、翌土曜朝も変わらず。むしろ昨日無理した分、疲労感が半端ない。今日からモダンもHIPHOPも、共に新しい振付に入る日だというのに。

 ほんとうに今日、大丈夫なんだろうか、と不安だけが増大する中、這うようにレッスンに向かう。ミネラルウォーターを持って行く。今日ばかりは、こまめに水分補給しないと。行ってしまえば、気合で3時間を乗り切れた。先週は滝のような汗をかきまくったけど、今日は殆どかいていない。Tシャツも濡れていない。

 前列中央右で踊ったけれど、「自分だけ気持ちよければいい系」のダンサーが隣に。まともにダンスを見たことが無いのだろう。教師を「見て」はいるけれど「観察」はしていない。ホンキの人間はホンキを見わけることができるが、。そうじゃない人は自分の思考・能力以上のものは理解できない、興味を示さない。永遠にそのままだ、自分の世界だけで楽しむ。

 向上心みたいなもの持ってくる方が悪い。そういう場所。

 教師はよくしゃべるしご機嫌。いつもおしゃべりな子の近くに行ってしまう。見慣れた顔がそろっている付近の方が安心するのだろう。

 教師が一番しんどいし、大変なんだ。分かってあげなくては。

 でもそれも時に辛い。一番クラスに出ていても、見向きもされないというのでは。踊りなんか全然できなくても、おしゃべりで元気で楽しい子が好きなのは世の常。

 時間の無駄遣い?何かを、理想化し過ぎていないだろうか?

 自分が得られなかったものと引き換えに。