Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

Rather be ここではない何処か

 涙が出そうになりながら目覚めた。まだ外は真っ暗。何故かかなしみに押しつぶされてしまいそうで、そのままベッドの中で動けずにいた。

 昨日は晴れた秋の一日。パリにもこんな日があるのかと思った。悔しいことが続いて、その怒りで夜中何度も目が覚めた。人間が落ちていくということ、それを利用してのさばって行く人がいること。世界は変えられない。自分が生き残っていくしかない。

 音楽やメロディーは私にとってなくてはならないものだった。それが無ければ踊ろうとも思わない。いい音楽に触発されてはじめて身体が動き出す。逆のことはあまりない。これはこれで一つの踊り手のタイプなのだろう。

 何かが違っていると思いつつも、それに染まっている人たちの中に居ると、全く見えない。時間だけ無為に過ごして、ようやく長い期間の後にこういうことだったのか、と気付く。

 行こうと思っていたレッスン、昨日は体調も万全だったし動きたくてうずうずしてたのに何故か間際になって行けなかった。来週こそは出たいけれど。行かなかった理由は何となく言葉になりつつあるのだけれど、それを言ってしまったらおしまいな気がして。 

 Dance Movement Photography Amazing movement in this dance

 日本の秋が好きだった。ちょうど今頃、10月の終わりから11月のはじめに何日かぐっと冷え込む日がある朝。顔に受ける風がちょっとずつ冷たくなっていく。中学に通っていた頃のあの朝、花水木の大通り。あの制服の日から、私の時は止まったまま、別の道を歩いてきてしまった。

 秋のパリ。いろんな滞在のリスクと引き換えにあの日々をもう一度、踊ることによって思い出している。夢を選べなかった、20年の後悔。

 rather be 、ここではない何処かを残りの人生で探していく旅なのか。パリに生きていることの意味。孤独に心身を苛まれそうな日々の末、掴みたい明確な「何か」が?

 人生を取り戻すために踊るのは虚しくないか?自分のためだけに踊るのは、寂しくないか?

 まともな師に出会えなかった。わたしは大勢の中の一人。そして、いつかここを去る日は来る。誰のこころにも、姿を留めぬまま。