Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

書かなければ忘れてしまう 

その日感じたことって、書かなければ忘れてしまう。

小さな痛みも怒りも、喜びも。

世の中は忘れていいことだらけなんだから、全部忘れて、それでも残っているものだけが大事なんだと思ってた。それだけが、自分にとって大切な「核」なんだと。20代の頃はもっと強く思ってた。

でも30半ばを過ぎた今は、一刻一刻、「書かなければ忘れてしまう」

書かなければ、あらわそうと全力で、ない力まで振り絞って、努力すらしなければ、

感じている気持ちさえ、なかったことになってしまう。

DANSE.DANSE DANSE 

特に自分にとっては『ダンス日誌』代わりの、その日の記録。

どんな気持ちで、どんなレッスンだったか、痛みは、不調は、どんな進歩や、あるいは後退があったか。

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断食4日目なのに、ジムで図ったらたったの2キロしか落ちていない。4日も頑張ってたった2キロ~~~??そんなの水分だけじゃないか。腹も全然変わり映えがしない。肩の痛み、重い。首も痛い。寒さが肩に直撃している感じ。

まあ一歩一歩か。これで目標が16キロから14キロ減になったんだから、小さくとも偉大な一歩じゃないか。もうどれだけ絶食しようと、身体が慣れてしまって、全然痩せない身体になっている。

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踊っていることが社会の役に立たないことが悲しい。

社会を、人間の生き方を揺り動かせないことが悲しい。

人を助けられないことが悲しい。

そんなもののために、日本を捨てて、「外こもり」に来たのかと思うと(しかも無職)悲しい。

自分の人生が他人と繋がっていないのが悲しい。

私が居なくなっても誰も私のことを知らないのが、ちょっと悲しい。人は、社会の中でなんらかの役割を担って、生を実感し、輝けるものだから。ダンスが職業なら意味もあるだろうけど、くだらない内容、くだらないレッスンと思いながら、命かけずに繰り返しているだけの無意味さが悲しい。自分を自分で貶めている気になる。

 早くここから出なければならないのに、お金もなく、身動きの取れない、ただ底辺を漂うしかない自分が悲しい。泣き叫んでも、誰かが助けてくれるわけではないのだ。

 本のあとがきを書いていて、誰か「有難う」と献辞を述べられる友人の一人もいないことが悲しい。誰の名前も知らない。友達も、知り合いも、名前を知っている人がひとりもいない。