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Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

10月のダンス 新シーズン

 3時間のダンスレッスンが18時半に終わって、急いで閉館の19時までに出なくてはならない。ストレッチをしている暇もなく肩で息をして疲労困憊しつつマックスに熱くなっている筋肉も頭の中も、クールダウンすることができない。フランス人だからストレッチをしないわけじゃなかろうに(笑)みんなよく平気で出ていけるな、と思う。

 困るのが、帰ってから。一番近いスタジオだから直帰だと2駅でなんと15分。振りを思い出している時間もない。その「熱さ」を連れて、完全にスタジオでの「ダンサーの自分」のまま、ひとりの寮に帰ってくるもんだから、今やっと一時間半が経ったところだけれど、ようやく落ちついて来た、という感じ。

 新しい振付だった。昨日はもう「やめたい」とすら思い詰めて、はじめて、金曜夜のクラスに出なかった。踊るルールを知らない人の間で踊るのがストレスだった。

 同じレベルの人間同士であれば、自分以上のモノに出会った時、直感でその技量を感じ取ることができる。才能ある人をひと目で見わけられるしすり寄って行く。ライバルがいるからうまくなれるし、負けたくない。そうした身体言語が通用しないクラス、人々の間で、自分は何を学べるというのか。

 まったく空間の読めない、ダンサーのルールのない人(やる気があって下手ならまだ許せる。ギエムは許せないって暴言吐くけど)の隣で踊るのはストレス、消耗する。本人、自分が何に気づいていないかすら分かっていないし、1ミリも上達しようと思っていない。そういうところでこれ以上、時間を費やすのは―――。

 なのに、教師は。全然、個人的に話もしないのだけれど。

 新しい振りも、音楽も、クールでカッコ良かった。何と言うか、ストリートジャズダンスっぽいダンスだった。今まで、出来ないんじゃなくやれるのに無理してレベルを我慢していた感じだけど、今日は私より先に振りを知っている人間がちらほら居たので(昨夜のクラスに出てた人たちだ)こっちも本気になれた。センターで、彼らを押さえたので、まあ良し。そして、やっぱりその教師が「彼らしい踊り」、振りをしているのをみるのがうれしい。ああ、辞めるなんて――出来ないよ、と、つい踊りながら一瞬、泣きそうに思った。音楽が男性ボーカルで、凄く良くて、低音がずしんと響いてきて、何だか先月はバカンス明けのみんなふやけた踊りしかしてなかったから、ああ、やっとこの先生の本領発揮というか、まともな姿みられて良かったなあ、と思った。やたら生徒におもねるような話題曲を拾ってくるんじゃなく、彼の長所がちゃんと生かせるビートの選曲と「彼らしい振り」を踊っている、そういう時の先生は、ちゃんとついていこうと思わされるから。

 教師が教師らしく輝いていることが生徒のモチベーションに繋がる。