Chose de parler de la danse ダンスについて語ること

Autoportrait de l'auteur en danse :パリ、ダンス、言葉の敷石を踏みしめて

雨のパリからボンジュール

 今週のお題「秋の気配」

 

    いわゆる世の中一般の≪フツ―の≫人間は、いい歳して「ダンス」なんかやってる暇はないのだろう。

 最初にこのクラスを見た時受けた「一体感」のようなものも、出てみればバラバラで、個人が勝手に楽しんで帰るだけ。個人の目標設定も見えなければ向上もない。だからライバル心も存在しない。

 昨日、私はほぼセンターにいて、何度やっても出来ない振りが一か所あって、普通なら3度目に間違えれば教室出されるか、悪くても後ろに追いやられるところ。

 それでも絶対に教師は一言も、何にも云わない。ほめられたこともないけど怒られたこともない。下手でも長くいる生徒が何か振付にガタガタ文句を言えば(それ、できな~いetc)すぐ変えてしまう。生徒は大事なお客様。

 続けることが虚しくなった。真似したい人がひとりもおらず、生徒は教師を見てはいるけど観察していない。ある動きが(能力の欠如で)「出来ない」のではなく、何もみていないから「(教師が)やっていないことをやってる」。これ、ダンスにおいて最悪のパターン。

 愛だの芸術などなくても私には、秋の暗さは耐えられる、が、未来のない秋は、こころが凍える。